シルバーウィークに、以前仕事でお世話になった社長親子と食事をご一緒しました。
従業員約30人の電子機器製造業。社長は創業者で60代半ば、ご子息は取締役で今年40歳です。「親父ときたら、この先いつまで社長でいる気なのか。全く譲る気なしなのです。親父の考え方はあらゆる点でもう時代遅れ。僕の手で新しい会社に生まれ変わらせたい。大関さんから引導を渡して欲しい」と、ご子息からのリクエストを受けての会食でした。引導渡しはともかく、私はご子息の前で社長の考えをしっかり聞き出つつもりで臨みました。
会食が始まると元来スポーツマンの社長からその折のホットなニュース、ワールドカップ・ラグビー日本代表チームが優勝候補の南アフリカに大番狂わせで勝利したという話題が出されました。
社長子息「この勝利から企業が学ぶべき点は多いですね」
この話にご子息が素早く反応しました。彼の注目点は、ラグビーのワールドカップのルールでは日本人でなくとも一定の条件を満たせば日本チームの一員として試合に出られるということでした。実際に、今回の日本チームは31人中10人が外国籍の選手です。「人の面で保守的にならずに外の血を積極的に入れることがチームを強くしているし、日本のラグビーの水準を上げているのですよ。この勝利から企業が学ぶべき点は多いですね」とうっすら笑みを浮かべて話したのです。
実はこの話には伏線がありました。社長は長年、ベテラン技術系社員を家族同様に大切に扱ってきているのですが、70歳を筆頭に技術者の平均年齢は50歳を超え、ここに来て高齢化の弊害がオーダーへの対応スピードなどの点で現れ始めていました。しかし社長の信条は、「ローマは一日にして成らず」。社内での技術継承にこだわりを持っているのです。
一方ご子息はこの点で全く相いれず、「技術者の入れ替えは積極的にすべき。例え使い捨てでも、常に新しい外部の血を入れていかないことには新陳代謝ができない」と、社長に何度となく進言しては「必要なし」とそのたびに跳ね返されていたのです。ご子息の発言はラグビーにかこつけて、社長のやり方を批判しているように思えました。
社長は当然それを察知し、険しい顔で間髪をいれずに異論を唱えます。
「私はラグビーの詳しい事情は知りませんが、日本代表を名乗ってこの先あと何年いるかも分からない助っ人ばかりがゲームに出て勝ったところで、本当の意味で日本のラグビーのレベルが上がると言えるのか。目先のハエを追うようなこういったやり方は、日本と言う国を代表するチームが持つ文化を壊すことになりはしないかと私は反対です」。
社長「あのやり方は全く感心しない」
ご子息は社長のこの意見に何か言いたそうにしたのですが、社長はそんなことにおかまいなしに、なおもラグビーの話を続けます。
「私が申し上げたかったのは、その事よりむしろ終了間際での逆転のシーンの話です。あれは確かに見ている者を魅了したとは思います。しかし報道によれば、あの時監督の指示は同点を狙ったキックだったそうじゃないですか。それを無視して、現場の判断で一気の逆転を狙いスクラムを選択してのトライ。ラグビーだから許されることなのかもしれませんが、指揮官の指示を無視した現場の行動は企業では絶対に許されない。せっかくの勝利に水を差すようですが、個人的にあのやり方は全く感心しないと思ったわけです」
これにはご子息、黙っていられないとばかりに割って入る間もなくすぐさま反論しました。
「結果オーライじゃないのですか。社長だっていつも『仕事は結果が大切』と言っていますよね。あの判断は、企業に例えたとしても指揮官の判断を超えた現場のファインプレーだと思います。現場が常に指揮官の指示通りにしか動くことが許されなかったら、やる気を失ってしまいます。そんな現場のモチベーションを下げるような指揮官は即退場ですよ」
ご子息のここぞとばかりの社長に引退を求めるかのような発言に、社長は大きくため息をついてこう言いました。
「お前は本当に分かっていない。今回はたまたまうまくいったということ。仮にあんな指揮命令無視がうちの会社で横行したら、組織は統制を失って崩壊してしまう。大関さん、さっきの助っ人の話もそうだが、息子がいつまでもこんな調子だから、まだまだ社長をやめられんのです。将来自分のやり方で会社経営をするのは一向にかまわんですが、基本だけはしっかり理解していなければ、社員のためにも社長のイスを譲るわけにはいかんでしょう」
帝王学という言葉が、私のアタマをよぎりました。古臭い言葉ですが、言い換えるなら個々の企業特有の要素を含んだリーダーシップ論。企業文化と組織統制はその最も重要な要素であり、教えるというよりは先代を見て学び身につけるものなのかもしれません。2代目、3代目が会社をダメにするとか潰すとか言われるのは、帝王学が継承されにくいことへの警鐘なのです。社長がラグビーの話題を借りて言いたかったとことは、ご子息にはまだまだ守るべき自社の文化やあるべき組織統制が見えていない、ということだったようです。
「3人で食事でも」という私の誘いに、恐らく社長はなぜ今回は3人なのかという会食の目的にうすうす気がついていて、先回りでラグビーの話をしたのでしょう。今度は社長の意を汲んで、ご子息と膝を詰めて話す必要がありそうです。
(大関暁夫)