外食チェーン店経営I社のH社長から、ちょっと変わった内容の電話がありました。
「今後何か仕事の用がある時は、僕の携帯かアドレスに直接連絡を入れてくれますか」
H社長は確か1年ほど前、チェーンの規模拡大や事業領域の拡大を機に秘書に自身のスケジュール管理を任せ、その以降は「ごくプライベートな夜の集まりや休日のお誘い以外は、悪いが秘書経由でスケジュール調整して欲しい」と言われていたのです。
外部の人とフリー・トークする機会が減った
事業規模が縮小した話は聞いていませんし、秘書がいなくなったわけでもなさそうです。こんな電話を突然かけてきたH社長の本意がどこにあるのか、俄然、私は興味を持ち詳しく聞いてみたい衝動にかられました。
「どうもこのところ、事業が停滞している感が強くなりまして。決して後退はしていないと思うのだけれども、何か前に進ませる原動力に欠くような気がしましてね。そこで立ち止まって考えてみたら、社内では定型的な打ち合わせが増え、外部の方々とフリー・トークする機会も減ったように思いました。それがいつ頃からだろうかと考えたら、どうもここ1年ぐらいなのです。原因はすべて、僕自身のスケジュール管理にある気がしたのです」
聞けば、秘書にスケジュール管理を任せてからは、定例会議、役員・部長からの会議資料説明、業界会合、取引先接待・・・、そういったものばかりで1日が埋め尽くされていく感が強くなったのだとか。言われてみれば私もここ1年は、H社長にお目にかかるのにいちいち秘書を通さないといけないなら、たいした用事でない時はやめておこうと足が遠のいていたのも事実です。
「事業規模が大きくなって、事務的に秘書にスケジュールの交通整理をしてもらう必要はあるのは確かなのです。ただそればかりに頼ってしまうと、社長である私のスケジュール管理が他人任せになり過ぎて事務的に時間を消費することが多くなり、自分のスケジュールだという実感が持てなくなったように思えたのです」
「グーグルの20%ルール」の応用
自身のスケジュール管理に問題意識を覚えた時、H社長の頭をよぎったのが、「グーグルの20%ルール」であったと言います。「グーグルの20%ルール」とは、グーグル社では社員は社内で過ごす時間の20%を、自分が担当している業務以外の分野に使うことが義務づけられている、というものです。これは、単に社員に自由な時間を20%与えると言うのではなく、その20%の時間から既存ビジネスモデルや製品の破壊すなわち革新的イノベーションの誕生を期待しているのだと言われています。
8割のパワーで「持続的イノベーションを開発」し、2割のパワーで「革新的イノベーションを創造」する―。H社長はグーグルの例を引きながら「社内外の人たちとのフリー・ディスカッションを通じて、20%の時間を自分の新たなイノベーションに資するものへと自戒の念を込めて変えていきたいのだ」と、力強く語ってくれました。
『経営の神様』P・Fドラッカーも、「『人、物、金』といった経営資源と異なり、時間は『借りたり、雇ったり、買ったり』できない特異で希少な経営資源である」(『経営者の条件』より)と説いています。自らの時間の管理を基本、他人任せにしてしまうリスクには気が付いていない会社経営者が世にあまりに多いことを、はからずもH社長のお話から改めて私も気が付かされた次第です。
「スケジュールを秘書任せにすることで僕は、自分で管理する自分の時間を持っていたなら耳に入っていたかもしれない、社内のスタッフや外部の皆さんからの刺激的なお話やアイデアの起点となるような情報を聞き逃していたのじゃないかと思うのです。新たにつくる20%の時間は、社内を歩き回っての社員とのフリー・ディスカッションや、外部の皆さんとのフリー・トークにどんどん使っていきたいので、よろしくお願いします」
どんな時にも主体的であるべき組織のリーダーが、時間という限りある最も重要な経営資源に対して主体性を発揮できていないのなら、それは組織の沈滞につながる由々しき問題です。H社長の気づきは、企業トップと言う繁忙な立場ゆえ、ややもすると盲点になりがちな時間に関する接し方の大切さを示唆してくれたと思います。そしてこれは同時に企業経営者だけに当てはまることではなく、すべてのビジネスパーソンが心すべき事なのではないでしょうか。
P・Fドラッカーは、こうも言っています。
「時間に関する愛情ある配慮ほど、成果をあげている人を際立たせるものはない」
実に言い得て妙な指摘であると思います。(大関暁夫)