先日、ちょっと悲しいことがありました。若い女性とおぼしきツイッターアカウントが、「育休明けの女性は職場にとって迷惑」という内容の投稿をし、それが数百回もRTされていたのです(2015年8月下旬)。彼女は同時に、「将来子どもを持ちたいと思う自分ですら、育休明けの女性は『迷惑だ』と思うのだから、男性や独身の40代女性たちは、なおさらそう思っているだろう」という趣旨のことを述べていました。一部では物議をかもした、このツイート(現在は削除されています)が、ネット上で「受けてしまった」のはなぜか、考えてみました。
将来は子どもを持ちたいと主張する若い女性が、「育休明けの女性は迷惑」とツイートする。それが大きな反響を呼んだ現象は、3つに分けて考えると分かりやすいようです。
「ホンネ」には、カタルシス効果がある
まず、「それを言っちゃあおしまいだ」「ひどい」という反応。ツイッターでは、「そんなことを言うなんて、子育て中の女性への配慮が足りない」とか、「自分の身になって考えてみればいいのに・・・」などの反応が相次ぎました。投稿した女性のツイートを画面キャプチャにして、記録に残した上で、批判している人もいます。あまりに露骨な物言いに対して、「ポリティカリー・コレクト(PC)=政治的、道徳的な正しさ」の立場から、批判がなされたのです。
2つ目は、「カタルシス効果」です。「カタルシス」とは、心のなかに溜めていた不満や怒りなどの思いを解放し、癒されること。インターネット上では「あからさまなホンネ」が出やすいものです。職場や家庭では言えないことも、ネットでは吐き出すことができます。中には、差別的なホンネを堂々とつぶやく人もいますよね。ネットは、カタルシス効果を得るのに適した場所なので、もしかしたら、無視域に「育休明けの女性は迷惑」と感じている人たちが、「よくぞ言ってくれた」と、RTしたケースも多かったのではないでしょうか。こういう人たちは、上述の「ポリティカリー・コレクト」に、タテマエ的な『うさん臭さ』を感じているのかもしれません。
「女同士の争い」を鑑賞する風土
最後に重要なのが、「育休明けの女性を、若くて可愛らしい女性が批判する」という構図を、楽しんだ人もいたのではないか、ということです。「楽しんだ」というより、「消費した」という方が適切かもしれません。「こんなことを言う若い女性がいるのも分かる」とか、「いやいや自分はこう思う」「女子って大変だよね」など、様々な議論が巻き起こった中には、少なからず「女同士の対立」を鑑賞するまなざしがあったように思います。
時代はさかのぼりますが、1980年代、アグネス・チャンの「子連れ出勤」を、作家の林真理子さんが批判したことが発端となった「アグネス論争」がありました。あのときもそうでしたが、女性同士が、何かいがみあっている(ように見える)構図は、人々のゴシップ的な関心をそそるのです。特に、若い女性と年長世代の女性の「対立」は、メディアでおもしろおかしく取り上げられることが多いようです。今回の「プチ炎上」にも、そうした「女性同士の対立」が透けて見え、「時代は変わっていないなぁ」と感じました。
ただ、投稿した女性の名誉のために主張したいのは、彼女もまた、「女性同士の対立」に巻き込まれてしまった一員なのだ、ということです。投稿者が悪い、ネットが悪い、はたまた男社会が悪い、という単純な話ではないのです。この「あからさまなホンネ」現象、皆さんはどう考えるでしょうか。(北条かや)