東芝の不適切会計の原因が、第三機関の調査により徐々に明らかになってきたとの報道がありました。トップ自らが毎月の会議で予算達成ありきの管理をおこない、予算未達部門があまりに厳しく追及されることから、現場が保身から無理な数字づくりに走った、という形跡がうかがわれたようです。
同社には、「社長月例」と言われる重要会議があると言います。社長を中心とした経営陣数名が各事業部門の月次業績や予算進捗状況をヒアリングする会議で、その場では業績が振るわない部署は長時間にわたって直接トップから激しい叱責を受ける、という不振部門には大変辛い会議となっているのだとか。その結果として、不振部門は不適切な会計処理を重ね、今回のような世間を騒がせる不祥事につながったというのが真相のようです。
「俺の会社をつぶす気か!」
サラリーマン社長は、業績が上がらなければ株主からの圧力が高まって自身のクビが危なくなるわけで、不振部門を責め立てて追い込んだことによる不適切会計処理の発生は、突き詰めれば「保身」が「保身」を生む負の連鎖であったと言えそうです。となるとこの話は、「保身」というサラリーマン社会が生み出す悲しい性(さが)のなせる技と片付けてしまいたくもなりますが、実は経営者自身が「保身」する弊害はサラリーマン社会に限った話ではないのです。むしろオーナー経営者にこそ、注意を投げかけたい問題なのです。
オーナー企業では、トップ自身が企業オーナーであるが故に例え業績不振に陥ろうとも、それが即座に自身のクビにかかわるようなことは普通ありません。しかし、オーナー社長であるが故に会社を守ろうとする「保身」が働くことがあるのも事実であり、この「保身」の思いはサラリーマン社長のそれとは比べ物にならないぐらい強いのです。
一例をあげれば、「俺の会社をつぶす気か!」という社長の叱責。これまでに、中小企業オーナーがそんな強烈な言葉を社員に対して発している光景を目にしたのは、一度や二度ではありません。サラリーマンが自ら上り詰めてきた地位を失うことを恐れる「保身」と、オーナー経営者が自ら立ち上げ育ててきた会社を壊されかねない危機感からの「保身」とでは、どちらがより強く働くものであるのか。私財を投げうち事業に身を投じ「会社=生活」でもあるオーナー経営者の方が圧倒的に強いことは、想像に難くないでしょう。
私は悪くない。悪いのは現場でミスした社員です
銀行員時代の話です。大手の下請けとして業績が安定していた精密機器部品製造のC社が突然、大量の不良製品を発生させ、大手先の信用を失って仕事を大幅に減らされるという窮地に立たされたことがありました。銀行が資金協力を前提に事の次第をヒアリングしに行くと、当該部品製造部門責任者である部長を伴って事情説明に現れたS社長は、部長の説明が終わるや否やその説明に再び不祥事の怒りがこみ上げたのか、「君は本当に僕の会社をつぶす気か!」と我々の前で部長を激しく叱責したのです。
社長は我々に向き直ると、「当社はこんなしょうもない社員ばかりですが、しっかり指導して信頼回復に向けてがんばります。引き続きご支援よろしくお願いします」と資金協力を願い出ました。社長の社員に対する高圧姿勢とうらはらの銀行に対する低姿勢に、私には非常に後味の悪さが残りました。社長の責任を部下になすりつけるような姿勢から、明らかな「保身」がうかがわれたからです。「会社とそれを率いる私は悪くない。悪いのは現場でミスした社員です」。そんなことを言いたいような態度に映ったのです。
それから3か月後のこと、銀行からのC社向け資金協力は打ち切られ、他行からの支援も得られず、C社は破産申告することになります。その後の調査で、不良在庫を意図的に少なく計上し、財務上化粧することで銀行の協力を仰いでいたことが判明したからです。明らかな粉飾でした。本当のことを言えば協力が得られず、会社がつぶれてしまうかもしれない。そんなS社長の「保身」がつかせたウソだったのでしょう。
「保身」をはねのける毅然たる勇気が求められる
オーナー社長の「保身」はその思いが強い分だけ、命取りにもなり得るのです。S社長には、不祥事発生を社員のせいにせず、自身の経営者としての管理責任を正面から受け止める勇気、正直にすべてを打ち明ける勇気が必要だったのだと思います。「保身」から部下に責任を押し付けた勇気のなさ、「保身」から正直な対応を拒んだ勇気のなさが、最悪の結果へと導いてしまったのでしょう。その一挙手一投足がイコール企業であると言えるオーナー経営者にこそ、「保身」をはねのける毅然たる勇気が一層求められるのだと、私は実感しました。
メネジメントの名著、『ビジョナリー・カンパニー2』に、成功する経営者に求められる資質として「うまくいった時には窓の外を見て、失敗した時には鏡を見る」とあります。「保身」は、まさしくこの逆をいく行為です。世のオーナー経営者の皆さんには、繰り返し意識に刷り込んで欲しい一言だと思います。(大関暁夫)