ブラック企業対策として設置された厚労省の東京労働局「過重労働撲滅特別対策班」(以下『カトク』)が、初の書類送検を行った。対象となったのは靴販売大手のABCマートで、違法な状態で複数の従業員を月100時間以上残業させ、度重なる指導も無視し続けた結果、『カトク』の記念すべき第1号ターゲットとなったらしい。『カトク』のことを労働Gメンと呼ぶ向きもある。
さて、このニュースを聞いて「やった!これでブラック企業もいよいよおしまいだな!」と思っている人もいるかもしれないが、それは甘い。むしろ、『カトク』の存在は、日本社会におけるブラック企業をますます堅固なものとし、過労死もまったく減ることはないだろうというのが筆者の意見だ。
大手なら「月150時間残業」は合法かつ普通
日本の労働法制は、労働者の数ではなく、残業時間で雇用調整をさせるように出来ている。
ABCマートでいうと、新入学シーズン等ですごく忙しくなっても人は雇わず、代わりに今いるスタッフみんなで残業することで対応しましょうね、ということだ。したがって、三六協定と呼ばれる手続きをきちんと踏めば、事実上、残業は無制限に行えるようにもなっている。
今回のニュースをよく読めばわかるように、ABCマートは「残業時間が多いから」という点に突っ込まれたのではなく、上記の手続きに不備があった点を突っ込まれたにすぎない。だから、あらためて残業時間の上限を増やす手続きをふめば何の問題もない。それが過労死の認定基準を超えていようが、もちろん合法だ。
ちなみに、普通の大企業は労使の間で「月150時間以上の残業を可能とする協定」を結んでいるものなので、筆者は「ABCマートはむしろ残業の少ない良い会社だなあ」くらいにしか思わない(大手の中には「年間1920時間まで」と協定を結んでいる企業もある!)。
その「残業の少ない良い会社」の手続きの不備を、鬼の首でも取ったかのようにさらし者にしたのが今回の書類送検の本質である。今後、多くの企業は手続きに穴が無いかチェックしたり、より多くの残業が可能となるよう協定を見直したりするだろう。これが、筆者が『カトク』がブラック企業をも過労死をも、なくすどころかますます固定させるだろう、と考える理由である。
失業はするけれども過労死のないシステムへ
ついでに、処方箋も書いておこう。筆者のような雇用流動化論者は、残業時間ではなく、労働者の人数で雇用調整することを前提に考えている。つまり、残業時間には(たとえば)月45時間の上限を設けつつ、解雇をある程度自由化する。
ABCマートで言うと、すごく忙しくなったら新たにバイトでも正社員でも雇って残業時間は45時間以内に押さえるけれども、業務が暇になれば誰かを解雇しますよ、ということだ。そりゃクビになる人にとっては面白くはないかもしれないが、失業給付を国からもらえば済む話だし、何よりたまに誰かがポックリ過労死する現状よりは、はるかにいいと感じるのは筆者だけだろうか。(城繁幸)