今回のテーマは「オワハラ」です。「内定や内々定が決まった学生に、就職活動を終わりにするよう『過剰』に働きかけること」がオワハラですが、さて実態はどうでしょうか。
内定を出すかどうかはどの企業もいつも悩みます。そして、内定を貰った学生もどの社を選ぶか、悩みます。
古くは「コーヒーぶっかけ」も
内定をめぐるトラブルは就活史でも相当前からあり、1921年(大正10年)には、住友本社(現・住友商事)が重役参加の懇親会で内定者答礼挨拶をした学生に辞退される、という騒動も。
その学生は興業銀行(現・みずほ銀行)に入行、のちの東京都民銀行頭取となります。
「食い逃げ第一号」(『日本就職史』)を輩出した金融業界、この30年ほど、内定辞退をめぐるトラブルの多い業界です。
内定辞退の報告に来た学生に「洗濯代だ」と1万円をテーブルに置いてから、コーヒーをぶっかけた「コーヒーぶっかけ」事件を起こしたのは某証券会社と言われています。
今ならどう考えても暴行罪で訴えられるところ。ここまでひどくなくても、私が就活関連の取材をはじめた2004年ごろからの取材ノートをひっくり返すと、色々と出てきました。
「銀行を内定辞退したら、呼び出され1時間近く説教された。あきらめた後、『今後はうちの銀行に預金してよね』と言われたが絶対に預金しない」
「その場で他社の内定先を断らないと内定は出さないと言われた」
「オワハラ」が注目され始めた理由
このように、昔からオワハラはあったわけですが、それが2014年ごろから急に注目されます。背景としては、やはり、就活の時期変更(後ろ倒し)。
特に現在進行している2016年卒(現4年生)は、8月選考開始と言いつつ、実質的な選考を7月中に終わらせる企業や内定出しまで終了している企業が相当数あります。
リクルートキャリア調査によると、2015年6月1日時点での内定率は34.5%。前年度同時期は61.3%でしたので、減ってはいますが、選考開始時期が8月なら本来は0ないし、10%未満でないとおかしいはずです。実際、同じ調査で選考開始時期が4月だった2015年卒の2014年3月1日時点では5.5%でした。
それが、今年は選考開始の2か月前にして、34.5%。ということは、ベンチャー・中小・外資系などはもとより、大手企業も含めて選考・内定出しを進めている企業が多い、ということを同調査は示しています。
内定出しが経団連の定めた就活時期よりも早い、ということはそれだけ学生も企業もお互いの動向が不透明になります。
そこで焦った企業が内定を辞退しないようにする、つまり、オワハラに走る、との記事が目立つようになりました。
オワハラの主体は中小?
産経新聞サイトの産経ウエスト記事「就活オワれハラスメント? 企業から内定学生に『大学の推薦状』要求相次ぐ」(15年5月27日公開)では、就職情報会社・学情のコメントから、オワハラがあるのは中小企業中心としています。
この産経記事に限らず、中小企業が悪い、との論調、他でもありましたが、さてどうでしょうか。内定承諾書を求める話は大手・中小問わずよくあります。
2015年卒以前の採用では、大手企業の内定出しがひと段落してから、中小企業の選考・内定出しが進んでいました。つまり、時期のすみ分けができていたのです。
ところが、2016年卒採用ではどうでしょうか。中小企業が時期をずらしてすみ分けを図ろうとすると、4年生9月から10月にかけての選考・内定出しで、遅すぎます。
そこで、中小企業は3年生3月から4年生7月ごろでの選考・内定出しで進めることにしました。もちろん、内定辞退者が出ることを覚悟のうえです。なお、この方針は大手企業も同様です。
かなりの内定辞退者が出ることは覚悟の上。しかも、無理に引き留めたところで、逆効果であることは当の採用担当者が一番よく分かっています。
つまり、「オワハラ=中小企業が中心」との記事は現状を反映したものではありません。
学生の思い込みから来る「オワハラ」幻影?
では、「オワハラ」の実態はどうでしょうか。私は、「学生の思い込み」「経験・パワー不足の採用担当者の焦り」、このどちらか、と考えます。
まず、前者から。文部科学省が6月25日に発表した2015年度の「就職・採用活動時期の変更に関する調査(5月1日現在)」では、オワハラについて受けたことがあると回答した学生は1.9%。大学、短期大学調査では、45.1%が「学生からの相談を受けた」と回答しています。学生の回答数1.9%から「オワハラなんてウソ」とまでは言いません。選考中の学生も多いことから、回答数が伸びないのは自然です。それに、大学への相談が多いですし、「オワハラ」の存在自体は確かです。
ここで注目したいのが、「オワハラ」についての自由回答。
・内々定と引き換えに他社への就職活動をやめるように強要された
など、オワハラそのものの回答もあります。
が、中にはこんな回答も。
・内定承諾書とともに入社誓約書の回答を2週間で提出するように求められた。
・4月に内定をした会社に対し8月まで活動を続けたいと伝えたところ、とてもいやな顔をされ、5月中には入社するかどうか決めろと言われた。
・月に1回内定者イベントがある。
内定承諾書が法的な根拠がないことはここでは省略します。が、形式的にでも提出を求める企業はあります。いつでもいい、というわけにはいきませんし、期限を区切るのはオワハラでも何でもありません。就職氷河期だと、内定承諾の是非について待っても3日程度という話はよくありました。2週間ないし1か月待つのは自然な話、と私は考えます。
この期限や採用担当者の対応についても、学生の感じ方は多種多様でしょう。その中でも、権利意識が強く、かつ、敏感な学生がオワハラと感じた、と私は見ています。
経験・パワー不足の採用担当者の焦り
もう一方の「経験・パワー不足の採用担当者の焦り」、これはオワハラそのもの。大手・中小問わず、採用担当の部署が花形部署である企業もあれば、出世ルートから外れた傍流部署、という企業もあります。それから、総務・管理部門が片手間にやっている企業も。
2・3番目の企業で、採用者数が10人以上と多い場合、役員や上司から内定者確保を厳命されるでしょう。ここで、採用経験が浅い担当者だと、その厳命を受け流せず、オワハラに走るわけです。
大手・中小問わず、経験豊かな採用担当者だと、内定承諾を迷う学生は役員や大学OBに引き合わせて本人をその気にする、あるいは、むしろ内定辞退させるようにして早めに補充採用に転じるなど、様々な手を使います。
オワハラに走るような企業は、あまり賢いとは言えません。同じように、内定承諾の是非で過剰反応してしまう学生もあまり賢いとは言えません。人対人のことですし、よく話し合って決めていただきたいと思います。(石渡嶺司)