「身の引きどころを心得ること」も重要な資質
2年ほどして、支店の取引先懇談会が30周年を迎えたと言うことでその記念パーティに呼ばれ、久しぶりにJ「会長」と再会しました。お目にかかるなり驚いたのは、J氏の肩書がなくなっていたことでした。会長職を退き、完全リタイアされていたのです。あんなに会社経営に固執していたJ氏に、いかなる心境の変化があったのでしょう。
「テレビで嫁いびりの姑のドラマを見ていて思ったのですよ。私は姑だなと。2世帯同居の姑に限って、なにかにつけて嫁をいびりたくなるわけですよ。可愛い息子を取られた悔しさもあるのでしょう。長く経営の立場にいる者にとって会社は、母親から見た可愛い息子と同じです。それをあれこれいじりまわす後継の姿は憎き嫁そのもの。例え実の息子であったとしてもいびりたくなるわけです。目に入れば箸の上げ下げまでいろいろ言いたくなる。一種の老害ですよ。Mくんの会社みたいに、姑が亡くなった途端に小姑がしゃしゃり出ないとも限らん。そんなこんなで、2世帯同居はやめにしました」
J社はその後も順調にご子息が運営しているご様子で安心しました。
ホンダの創業者本田宗一郎氏は66歳にして後継に社長の座を譲ると、以降一切会社には顔を出さなかったと言います。後継は育てるものではなく、むしろ人選をしたら経営者自身が潔く身を引けば勝手に育つものなのかもしれません。身の引きどころを心得ることも、優秀な経営者に求められる重要な資質のひとつであると思わされるところです。(大関暁夫)