これまで筆者は「ブラック企業の定義」において
・「ブラック企業」という言葉自体が、問題を曖昧にしている
・違法企業に対して、労基署は積極的に改善指導を行うべきだ
・指導しても反省の色が見えない「確信的再犯ブラック企業」に対しては、ハローワークでの求人拒否、ブラックリストに名前を挙げて全国から閲覧可にし、送検や逮捕・起訴などの厳罰化が必要
といった主張をおこなってきた。
そんな折、厚生労働省が先日、違法な長時間労働を繰り返す「ブラック企業」について、行政指導の段階でも企業名を公表する方針を明らかにした。
行政指導段階でも一定条件で「社名公表」
これまで、労基署から何回も是正勧告を受けながら改善しなかった事例は多々あり、既存の対処法では不十分といえた。
ちなみに、労基署による是正勧告は強制力のない「行政指導」であり、公権力の発動として業務停止命令や許可取消処分などが行われる「行政処分」ではない。したがって、勧告に従わなかったことで会社に何ら不利益はないところが、ブラック企業を跋扈させている一因とも考えられる。
数字でみると、東京労働局における2013年度の総合労働相談件数は「11万4797件」である一方、労基法違反など司法事件として送検まで至った件数はわずか「58件」だった。
そこで、この度の社名公表である。これまでは労働基準法違反容疑などで「書類送検」まで至ってはじめて公表、という基準であったが、一定の条件が揃えば「是正勧告」の段階で社名を公表できるようにするのだ。
「ブラック企業イメージ」がつくことで、顧客離れや業績悪化、株価下落などの悪影響に波及することを懸念し、企業が自主的に労働環境を改善しようとする動機になり得る。一定の「抑止力」としての効果が期待できるため、本件については期待したいところだ。
「中小企業は対象外」に疑念の声も
しかし、今回の新方針では、企業名公表に至る「一定の条件」がかなり限定的なのが気にかかる。
・複数の都道府県で事業を展開する社会的に影響力の大きい企業で
・残業代不払いなど労基法違反があり
・1か月当たりの残業、休日労働が100時間を超え
・1事業所で10人以上(または事業所労働者の「4分の1」以上)の労働者に違法な長時間労働があり
・概ね1年間に3か所以上の事業所で違法状態が確認された場合
しかも、社員数300人以下の中小企業は対象外である。
確かにニュース価値はあるかもしれないが、そもそも日本では企業数でみても労働者数で考えても、中小企業が圧倒的に多い。また多くのブラック労働が行われているのも、それら中小企業である。より裾野が広く、問題の根が深い中小企業まで対象にならないことには、「ブラック企業撲滅」に対して本当に実効性がある対策とならないことを懸念している。
とはいえ、メリットもある。
このニュース報道を受けて、筆者も巷の反応もウォッチしていた。基本的には厳罰化の方針を支持する一方で、「大企業限定という時点で骨抜きではないか?」「中小の違法企業はどうする?」といった疑念の声も多かったようだ。
筆者としても上記表明のとおり、最終的にはすべての法人で労働法が遵守されることが理想であり、違法企業に対しては無条件で社名公表すべきと考えてはいるが、まずは大企業からスタートしていくことが現実的であるとも認識している。
なぜなら、「是正勧告を数多く受けていながら、世間からはその事実を知られていない大企業」は実際多かったからだ。
良い意味でのプレッシャーに
先述のとおり、これまでの公表基準は
「是正勧告を受けながら、改善せずに書類送検まで至った企業」
であった。しかし、大企業は公表によるインパクトがより大きいため、是正勧告時点で是正対応してしまう。是正対応すること自体は良いことであるが、その裏には勧告を受けるまで至ってしまったブラックな実態が確かに存在していたわけだ。
従ってこれまでは、「是正勧告を受けていながらもその事実が報道されない『隠れブラック大企業』」が、多くの人に知られないまま多数、存在していたことになる。
今回の新方針により、是正勧告を繰り返した時点で送検前に公表となるため、そのような隠れブラック企業が炙り出されるというわけだ。これは進歩といってよいだろう。
同じ違法行為の報道があっても、全国展開している大手企業のほうがマイナスの影響は大きい。「ブラック企業の社名公表」と聴いて皆さんが真っ先に思い浮かべるであろう某牛丼店や居酒屋チェーンに限らず、流通大手企業や運送業者、グローバルに展開している大手メーカー等でも同様の是正勧告を複数受けており、「社名を公表されたら一大事だから、本気で改善せざるを得ない」という良い意味でのプレッシャーになることだろう。
監督官の数などから、現実的な数字
また実際問題として、労働基準監督官の数が足りず、中小企業までカバーしきれていないという現状もある。
労働基準監督官は全国に約3000人いるが、実際に臨検監督を行う監督官は、管理職などを除くため 2000人を下回る。一方で、 1 人でも労働者を使用する事業所は全国に約 400 万箇所存在しており、監督官1人あたり2000箇所以上。平均的な年間監督数で換算すると、すべての事業場に監督に入るのに何十年も必要な計算となってしまうのだ。
また、労働者 1万人当たりの監督官数で比較すると日本は0.53 人で、アメリカを除く主要先進国と比して 1.2 倍~3.5 倍の差がある。厚生労働省としても、監督官の人員増要求は以前からおこなっているのだが、厳しい行財政状況もあり、なかなか難しいようだ。
この問題については以前、本連載の記事「『多すぎる相談・少ない監督官』で、指導徹底はどこまで可能? ブラック企業問題、ズバリ厚労省に聞く(下)」(2014年2月1日配信)でも述べた通りで、人数の割に対処すべき問題が多い以上、どうしても優先順位はつけざるを得ない。より重大なもの、より証拠がしっかり揃っているものを優先することになる。
そのような状況下においては、証拠となる情報が揃いやすく、精度も比較的高い大企業は取締対象として現実的というわけなのだ。
確かに中小企業の場合、社名公表どころか、ネット上でブラックという評判が立つだけでも全く人が集まらなくなり、経営が傾くくらいのインパクトを受けてしまうことはある。
確信犯なら同情の余地はないが、「ウッカリしていた」「知っていれば改善する気はあった」ということなら、こんどは経営権をどう保護するかという問題にもなりかねない。
労基署としてもリソースは限られている。この取組を有効に運用し、着実に改善を進めていってほしいものである。(新田龍)