突如「辞めるのやめます」
そんなある日、私が取引先訪問に出ようと1階への階段を降りて行った時に、偶然階段を昇ってくるTさんと出くわしました。Tさんは、軽く会釈をすると、言いにくそうに「あの支店長、お聞きおよびかもしれませんが、私今月一杯で辞めさせていただくことにしました」と退職の挨拶をしてくれました。
私は、「聞いてますよ。Tさんが決めたことだから残念だけど仕方ない。これからもお客様としてよろしくお願いしますね」と、これ以上の説得はしても意味がないと思ったことと訪問先へ急いでいたこともあり、さらりと挨拶を返して通り過ぎました。
夕方、店に戻ってみると何やら営業場が騒がしくなっていました。なんだろうとその騒ぎの中に入っていくと、とあるパートさんがニコニコしながらこんなことを言ってきました。
「支店長、どうやって口説き落としたんですか。さすがですねぇ」。
事情が分からず課長に尋ねると、Tさんが急に翻意して「今支店長と話をして、やっぱり仕事を続けさせていただきたく思いましたので、よろしくお願いいたします」と言ってきたのだと。課長はあわてて本部に退職手続きの中止をお願いし、今まさになんとか手続きが完了したというのです。「訳が分からないですが、とにかく良かったです。支店長、ありがとうございました」と課長。そう言われても、訳が分からないのはむしろ私の方でした。