「後継がいない。どこかウチを買ってくれる先があるのならとも考えてはみるものの、長年続けてきた会社を人手に渡すのも寂しい。どうしたらいいだろうか」。中堅地域不動産業H社の社長からそんなご相談をいただきました。
社長の年齢は既に70代半ば。身内に跡を継がせる者はなく、社内にも会社を任せられる候補者は皆無であると言います。「自分が何もかもやってきて、人を育てることを怠ってきてしまった」と。そんな社内状況にもかかわらず、ここに来て健康面で不安を感じることも間々あり、できればあと1、2年のうちに一線を退きたいとの話です。
最後は社長の人を見る目ひとつ
世の社長さん方には、自身のご子息を含め身内に後継者がいるケースで「どうにも出来が悪くて会社を任せられない」という後継がらみの悩みも実に多いのですが、この場合は確定した後継がいる分だけ、まだ前への進めようがあります。社長自身がある程度の年齢になっていながら、後継候補が全くいないというのはかなり困った事態です。
経営者の責任から考えれば、現従業員の雇用確保は最優先すべき課題であり、その観点から後継不在と言う状況下でも、廃業、解散といった選択肢は通常取るべきではありません。そうかと言って企業売却はどうか。後継不在の会社に買い手を斡旋するM&Aビジネスは花盛りではありますが、「会社を任せられる従業員がいない」というH社の実情では、売却後は早晩、多くの従業員が退職の憂き目に会うことも考えられます。
最良の選択肢は外部からの後継ヘッドハントに頼ることではないか、と社長に進言しました。つまり、まず当面ナンバー2として社内をまとめられる人材を探す。そしてその人物に社長教育をして、一定のレベルに達すれば経営のバトンタッチをおこなうという流れです。この場合の人選は、同じ業界での経験があれば言うことなしですが、まずはそれよりも組織を率いたことのある管理者経験を重視して、ヘッドハント企業に人材探しを依頼するのがよろしいかと。最後は社長の人を見る目ひとつです。
「何を見るのがよろしいのでしょうか?」
社長は、「私の見る目ですか。何を見るのがよろしいのでしょうか。なにしろ後継育成をしてこなかった私ですから」と、所在無げに尋ねます。その質問を受けた私は、後継候補不在企業の社長が、危機脱出の過程において後継に求められる資質を見出した、過去に遭遇した出来事を思い出しました。
――チェーン生活雑貨販売店経営のJ社で起きた数年前の話です。60代半ばの社長が原因不明の高熱に倒れ、緊急入院しました。従業員約100人の会社ですが、仕入れ、販売企画、現場指示、BtoB営業・・・、すべて社長が1人でこなす典型的なワンマン経営で、1店舗からスタートした事業を、主に社長1人の力で10店舗以上の規模にまで広げてきたのでした。
年齢的な体力の衰えと共に、長年休みなく働いてきた蓄積疲労が一気に噴き出したのでしょう。「社長意識不明」が伝えられ家族以外面会謝絶が続くという異常事態に、社内はいきなり浮足立ちました。何をしていいのか茫然と立ち尽くす指示待ちの管理者がいるかと思えば、ここぞとばかりに社内の主導権を握ろうと、勝手な論理をぶつけ合い部門長同士が激しく衝突するなどという事件も勃発し、社内は無秩序状態に陥り混乱を極めました。
混乱の理由は、「会社を託せる者などいない」という社長の考えに導かれた明確なナンバー2も後継候補もない長年の社長ワントップ状態にありました。そんな社内の混乱状況を一気に収集させたのは、一介の総務スタッフだった社長の長女だったのです。社長は娘が学校を卒業して「社長の仕事を手伝いたい」と申し出た時に、後継などという考えはおよそなく、「将来、金庫番程度ができれば」ぐらいの意識で総務部に配属したのでした。
組織を発展させ、社員を守るという使命感があるか
彼女は、誰に指示を受けるでもなく毎日社長の病室に足を運び、今会社にとって何が必要かを考えた上で、意識もうろうとした社長に無理を承知で「この件はどう対処したよいのか」「あの話は誰の意見を尊重すべきなのか」等々、熱心にいくつもの質問を投げかけては、社長のおぼつかない反応をもとに「社長指令」をつくって社内を統制したのです。社長が1か月半後に退院し、しばしの静養後に無事職場復帰する頃には、彼女はすっかり社内で「社長の後継者」的まなざしで見られるようになったと言います。
「私は連日の高熱でもうろうとしていたのですが、毎日娘がうるさくあれこれ話しかけてきたのはよく覚えています。後で娘に聞いたら、とにかく必死だったと。唯一身内の自分がなんとかしなければ会社はつぶれてしまい、社員が路頭に迷うかもしれないという使命感が、自らを突き動かしたと言っていました。娘があんなに頼もしいとは思わなかったです」
以来社長は、娘さんを後継として育てるべく奮闘中です――
そこで私は、先のH社社長の質問に対し、次のようなJ社社長の大病後の言葉をそのままお伝えしました。
「社長の地位や権限や待遇を欲しがって、社長のイスを欲しがる者は後継にはなり得ません。なぜなら彼らは、自己の利益のために社長になろうとしているからです。組織を発展させ社員を守るという使命感があるか、そして他力本願ではなく自ら動いて組織を率いる行動力があるか、それが最大の見極めポイントですね」
これを聞いたH社社長は、「なるほど」と大きくうなずいておられました。(大関暁夫)