ルーズな経費処理の元凶は社長だった オーナー企業の「良い私物化」と「悪い私物化」

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   大ヒットTVドラマ「半沢直樹」の原作者池井戸潤さんの作品が、続々ドラマ化されて人気を呼んでいます。池井戸さんは元メガバンクの銀行員で、現在フジテレビ系列で放映されている「ようこそ、わが家へ」では、主人公の父が銀行からの出向者である中小企業経理部長として描かれており、私にも覚えがあるような場面設定に大変興味を引かれています。

   主人公の父は、ベテラン女子経理部員の進言でプロパー社員の営業部長が不正に経費を浮かせて私腹を肥やしていることを教えられ、これを追及します。そのやり取りの中で、営業部長がこんなことを言いました。

「これは業務上横領です」との指摘が

出張行ってきます
出張行ってきます
「一流銀行から来た経理部長さんには分からないだろうが、俺はもう30年も安い給料で自腹で取引先の接待だってしながらこの会社のために働いて来たんだよ。一流銀行マンの感覚でモノを言われちゃ、かなわないな」

   中小企業と大企業の違いを中小企業従事者の立場から語った分かりやすい一言ですが、このセリフに、ある過去の経験が鮮明に思い出されました。

   私が独立まもない頃、中小製造業I社の社内規定整備を頼まれた時のことです。社長をまじえた社内関係者での規定策定の打ち合わせの席で、まさにドラマと同じような経理部員のベテラン女性Hさんが、出張交通旅費支払いの件で意見しました。

   現状は事前現金渡しの出張新幹線代金を、切符支給に改めるべきだと言うのです。「出張する社員の多くは、往復の新幹線切符をチケット屋で購入し差額を小遣いにしています。これは業務上横領です」という物騒な物言いには、少なからず驚かされました。

社長が自分のしていることの免罪符として・・・

   Hさんが席を外すと、社長が言いました。

   「たかだか1000円~2000円の話に、目くじらを立てることはない。中小企業の安月給サラリーマンにとっちゃ、地方出張のささやかな楽しみです。それを奪っちゃ、かわいそうってもの。彼女、仕事はできるのだが、上場企業で働いた経験からその感覚でモノを言われてかなわん。銀行出の大関さんももしかして彼女寄りの意見かもしれないが、中小企業は上場企業とは土台が違うのだよ」と、まったく取り合う気配もありませんでした。

   それどころか、「中小企業論を振りかざして僕がHくんに直接ダメを出すとヘソを曲げてやりづらくなるから、申し訳ないが元銀行員の大関さんからうまく説明して彼女を諭してくれないか」と、私に尻拭いのお鉢を回してきました。どうしたものかとも思いましたが、社内規定整備のそもそもの目的は社内活性化でもあったので、社長と社員の関係が悪くなってもいかんだろうとの考えから引き受けることにしました。

   私はHさんを応接室に呼んで、「ご提案はごもっともなのだけれども、交通費を正規料金で渡すことは法的に問題はないし、それをあえて社員を性悪説で捉え縛りつけるようなやり方をするのは、社内がギスギスしかねない。今回の目的でもある社内活性化の観点から、当面は今まで通りの現金支給とすることにしたい」と伝えました。

   するとすぐさま「社長が嫌だと言ったんですね」と彼女。私が一瞬返答に窮すると、Hさんは間髪を入れずに続けました。

「社長は自分のことを守っているのです。社長自身、出張の際に明らかに接待じゃないと分かる領収証を回してこられます。社長ですから、私は何も申し上げずに処理させてもらっていますし、もちろん誰にも言いません。でも、社長と一緒に出張した社員はきっとこの事実を知っているでしょう。社長は自分のしていることの免罪符として、あるいは自身の言い訳として、社員が旅費を一部浮かすことに目をつぶっているのです」

社用車ベンツの私物化や社有ゴルフ会員権の購入など

   私は彼女の言い分に相槌を打ちながらも、オーナー企業の社長だからある程度は止むを得ないだろうということを話しました。すると彼女は、驚くべき事を話し始めたのです。

「私が以前いた会社は新興市場上場の企業でしたが、2代目社長の経費流用による私物化が原因で民事再生となり会社が人手に渡りました。正しくは、社員が社長の経費的な私物化を知って、『社長がやっているなら自分もいいだろう』と架空経費請求やバックマージン方式での売上詐取などが横行しておかしくなったのです。当社社長も2代目。出張経費だけでなく、社用車ベンツの私物化や社有ゴルフ会員権の購入なども一部社員はおかしく思っています。まるで先代が残したお財布からお小遣いを抜き取る子供のように思えます。どこかで歯止めをかけないと、前の会社と同じ道をたどる気がしてなりません」

   Hさんが最初に社員の交通費差額受領の件を「業務上横領」などという言葉を使ってきつく言ったのには、こんな経験的理由があったのです。独立間もない私のオーナー企業経営者による組織私物化の是非判断に、大きな影響を与えられました。

   オーナー企業であることをメリットとできるかデメリットになるかは、オーナーの「良い私物化」「悪い私物化」に尽きるというのが今の私の持論です。特に後継の2代目以降は要注意。社長が社員に後ろめたさを感じてコソコソするような経費等の私物化は「悪い私物化」であり、これを改めないと企業は確実に衰退するとその後いつくもの実例を見て実感しています。

   I社では結局、Hさんの進言を再度伝えるも社長がこれを拒否。私も規定策定後、手を引きました。Hさんは程なく転職し、I社はその後ジリ貧が続き苦境に陥っていると聞いています。(大関暁夫)

大関暁夫(おおぜき・あけお)
スタジオ02代表。銀行支店長、上場ベンチャー企業役員などを歴任。企業コンサルティングと事業オーナー(複合ランドリービジネス、外食産業“青山カレー工房”“熊谷かれーぱん”)の二足の草鞋で多忙な日々を過ごす。近著に「できる人だけが知っている仕事のコツと法則51」(エレファントブックス)。連載執筆にあたり経営者から若手に至るまで、仕事の悩みを募集中。趣味は70年代洋楽と中央競馬。ブログ「熊谷の社長日記」はBLOGOSにも掲載中。
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