「右腕」が育たないと嘆く経営者 それはトップ自身のせいですよ

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   成型加工業C社に、取引先の大手メーカーN社からこの4月に転職をしたDさん。「今後の発展に向けて参謀役が欲しい」と社長に請われての一大決心でした。転職1か月弱、新しい職場での活躍状況をうかがいたく会食をしました。

   Dさんは、開口一番、険しい顔で切り出します。

「中小のオーナー企業は難しい。外で付き合っていたのと、中に入るのとでは大違い。参謀役と言われて入った以上、以前から思っていたことも含めてあれこれ進言しているのですが、社長が全く聞く耳を持たないのですよ。元々取引先の人間でも、自分の部下になるとこうも冷たくなるものなのでしょうか。参謀役などと持ち上げていながら、結局のところN社とのパイプが欲しかっただけなのじゃないかと。悩んで悩んで病気になりそうです」

外の人間には愛想が良くても、中の存在になるとこうも扱いが変わるものか

「右腕」が育たない・・・
「右腕」が育たない・・・

   ご活躍に違いないと思っていただけになんとも意外なお話ではありましたが、実は私にもよく似た経験があったので、そういうことが起こり得ることも想定内ではありました。

   私のケースは独立直後、中小企業の組織特性を知る意味で取引先にしばし内部スタッフとして入り込み、組織改善を手掛けた時のことです。社長は銀行時代からよく知る人で、私はその延長の付き合い的な感覚で、銀行員時代から感じていた同社の課題解決を具体化しようと張り切って進言したのですが、ことごとく却下されます。「以前同じような話をした際には、良い提案だと言っていたではないですか」と社長に詰めたのですが、「あの時と今では状況が違う」と一蹴されてしまいました。

   私がその時思ったのもDさんと全く同じ。ワンマン社長と言うものは、外の人間には愛想が良くても、一度中の存在になるとこうも扱いが変わるものか、という気持ちでした。しかし、それからしばらく後に重要な新規事業のプランニングを提案しそれを却下された一件で、ひとつの真理が分かりました。

   私は「このプランは当社の今後の展開に絶対に必要なものなので、早期に手掛けるべき」と、力説しました。社長の答えはノー。「君のプランは確かに重要なものかもしれないが、私にこの新規事業を理解させ納得させるものではない」と。「御自身が理解できる事業にしか手を出さないのなら、会社は永久に社長のサイズを超えることはできません」。私は決定的な一言を発してしまい、その責任も感じこれを機に内部スタッフの立場での改善業務から降りることにしました。

立場の変化による「期待値のズレ」

   しかし、この時の私のプランは若干形を変えて、その3年ほど後に実行に移されました。その理由は何なのか。社長がプランの必要性や重要性を理解し、納得したからに他なりません。当初から一緒に計画を進め、このプラン最大の理解者であったH専務の地道な説得、努力が実を結んだ結果だと私は思いました。

   私は気が付きました。独立したばかりの私は、新規事業の具現化という形ある実績を焦っていたのです。そしてその結果、立場の変化による「期待値のズレ」に気がついていなかったと。私は社長に、「経営者が重要な話に耳を傾け理解しようとするのは当然であり、それをさせるのは私に課された期待値ではない」という外部アドバイザー的な姿勢でプラン提示しました。しかし、社長は私に「自分を理解させ、納得させるアイデアの出し方をして欲しい」という自社の内部スタッフとしての期待値を持っていたのでしょう。

   私自身が自分の立ち位置を正しく理解ができていないが故の、期待値のすれ違いであったと、今はハッキリと言うことができます。これは、私の後を受けたH専務が根気強く理解を求め、プラン実現にこぎつけたことからも明らかです。

   私がこれまで見てきた企業経営における名参謀役は、皆トップからの期待値を正しく理解しつつも決してイエスマンに陥っているわけではない、絶妙な立ち位置を確立していました。理想形は、トップがしっかりと自分の期待値を伝え、参謀役はそれを理解して持てる力を存分に発揮する、そんな関係と言っていいでしょう。

期待値不明では「言われたことしかしなくなる」

   そんな経験を踏まえて、私はDさんにアドバイスしました。

「組織の中では、自分への過信や自信から、都合のいいように勝手な期待値を描いてはダメです。転職直後でまだまだコミュニケーション不足もあるでしょう。社長の期待値がどこにあるのか、もう一度よく話し合ってみれば解決すると思いますよ」

   ところで世間的には、指示待ち部下ばかりが増えて「うちは人が育たない」とトップが嘆くケースが多いのですが、実はこれもまた期待値のズレが原因なのです。正確にはズレというより、期待値不明。トップが期待値を示さずに、いちいち細々(こまごま)とした業務指示ばかり出すがために、部下が言われたことしかしなくなるというパターンです。

   「僕も頼りになる右腕が欲しいよ」。社長方からは時折、愚痴とも取れるこんな相談を耳にしますが、そんな折に私は「それは社長さん次第ですよ」と答えることにしています。経営者と部下の間における期待値のキャッチボールで、部下は大きく変わるのです。はじめに球を持っているのは、あくまで社長であることをお忘れなく。(大関暁夫)

大関暁夫(おおぜき・あけお)
スタジオ02代表。銀行支店長、上場ベンチャー企業役員などを歴任。企業コンサルティングと事業オーナー(複合ランドリービジネス、外食産業“青山カレー工房”“熊谷かれーぱん”)の二足の草鞋で多忙な日々を過ごす。近著に「できる人だけが知っている仕事のコツと法則51」(エレファントブックス)。連載執筆にあたり経営者から若手に至るまで、仕事の悩みを募集中。趣味は70年代洋楽と中央競馬。ブログ「熊谷の社長日記」はBLOGOSにも掲載中。
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