3月が自社年度末の企業も多く、今週あたりは追い込みで特に残業が多くなりがちだ、という職場もたくさんあるのではないでしょうか。「期末だからと言って、○○時間を超える残業はダメだぞ!」。そんな会話も現実には結構あるようで、「サービス残業」という言葉が最も現実味を帯びる追い込み週であるように思います。
以前耳にした、サービス残業に関しておもしろい持論をもって従業員と上手に関係を保っている、中堅流通業経営者S社長のお話を紹介しておきたいと思います。
どこまでいっても主観の問題?
「世間的にはサービス残業ばかりが問題になるのだけれども、我々経営者からみれば『サービス残業代支払』問題というのもあるのです。要するに、ちゃんと所定勤務時間外も働いているのに働いた分の残業代が支払われないのが、従業員から見たサービス残業問題。それに対して、職場に勤務時間終了後もいただけで働いていない分まで残業代を支払わせられるのが、経営者から見た『サービス残業代支払』問題ってことになるのです。後者は話題になりにくいですけれど、多くの経営者は実感していると思いますよ」
確かにこのコーナーで以前もこの問題に関して、「仕事が遅くて残業になる社員や、下がった給与分を残業代で埋め合わせする社員はけしからん」と残業禁止令を出された社長のお話を紹介したように、経営者から見た『サービス残業代支払』はけっこう多くの社長が問題視しているようです。しかし、S社長のこの問題の捉え方には独自のものがありました。
「大関さんが取り上げていた社長さんのように、日中休み休み仕事をして残業になっている社員の残業代は払いたくないという気持ちも良く分かりますし、一方で日中の気分転換の雑談やお茶タイムも能率的に仕事をするために必要な勤務時間だという従業員サイドの気持ちも分からんではないです。結局のところ、サービスをしているのが残業代を時間通りにもらえない従業員なのか、残業代を時間通りに払っている会社側なのかは、どこまでいっても主観の問題なのじゃないかと思うわけです」
社内の残業が増えてコスト増として問題になった数年前にS社長がとった行動は、サービス残業問題と『サービス残業代支払』問題、両方の存在を明確に社員に示したうえで、あとは「自主判断に任せる」というものでした。「どうせ主観の問題」なのですから、この問題を力で押し切ることに疑問を感じたからだそうです。特に残業を社長が経営者の立場でどう見ているのか入念に説明し、管理職には「効率的に仕事をする指導は積極的にしていいが、残業をやみくもに減らせとか、これ以上つけるなとかは一切言うな」と指示したそうです。
約2割も支払残業代が減った
結果はどうであったか。なんとこのやり方で約2割も支払残業代が減ったと言うのです。この話を聞いた当初私は、これは社長による無言のプレッシャーの成果ではないのかと思いましたが、実際に社員の声を聞いてみると、そうでもなさそうだと分かってきました。
社員数人から聞いた、このやり方に対する感想の中で特に象徴的だったのは、
「これまで漫然とやり過ごしてきた残業ということの意味を再認識させられましたし、その上で残業を否定しない社長の言葉から、社員を信頼する姿勢が伝わり責任を感じました」
というものです。
社長にこの話をしてみると、
「社員には社員なりに主観的とはいえ言い分があるわけで、そこをとやかく言ってもラチがあきません。むしろこちらの考えを伝えた上で相手を大人として信頼してあげることで、実のある残業をしようという自覚が呼び起こせるのだと思います。自覚と責任感は、上に立つ者の方から先に相手に対する信頼感を態度で示していかないと決して作り上げることはできない、と私は子育てから学んだのです」
との答えが返ってきました。
S社長には3人のお子さんがいらっしゃいます。上2人が女の子で、その下に男の子が1人。女の子2人は「可愛い可愛い」で育ててきたものの、3番目の男の子に関しては社長の跡取り育成意識が強く出てしまったのか、小さい頃からあれやこれや一挙手一投足にまでうるさく指導をしたといいます。その結果、大きくなるにつれて反発が強くなり、高校に上がる頃には非行に走り家にもろくに居つかない状況に陥ったのでした。
子育てから学んだことを活かす
挙げ句に警察沙汰まで引き起こす事態に至り、社長は大変落ち込みました。この時社長はあることに気がついて、「起きてしまったことは仕方ない。これからは親としてお前を信頼して細かいことは一切言わないから、お前の判断でしっかり生きろ」と息子さんに伝え、対応を改めたのだと言います。自分にとってはいつまでも子供でも、一定の年齢になったら一個の大人として信頼してあげ自覚と責任感を持たせるということの大切さに気がついたのです。この一件を機に息子さんは更生し、家に戻り無事大学まで卒業されたそうです。
「息子の件と同じです。会社の社長と社員は親子みたいなもの。しかも社員は大人ですから、子供扱いして信頼しなかったら、すねておかしな方向に行ってしまうと思うのですよ」
傍らで我々のやりとりを聞いていた取締役のTさんが、おもむろに話に入ってきました。
「早く今の私にも信頼感を持っていただき、企業経営も任せて欲しいのですけどね」
「お前はまだ経営者としては子供だから、信頼して任せるにはもう少し時間が必要だな」
Tさんこそ件のご子息。先代と後継ぎが笑ってかわす会話に、社内が信頼感に支えられうまく流れている企業の雰囲気を感じました。(大関暁夫)