前回登場の「不機嫌を職場に持ち込まない」不動産仲介業H社のD社長訪問では、実はもうひとつ参考にすべきエピソードがありました。
社長面談の合間に、女性取締役のT営業部長がこんな話を聞かせてくれました。
「うちの社長は『採用の神様』でもあるのです。当社規模の不動産仲介会社では採用はほとんど中途採用で、思うように欲しい人材が採用できないのが一般です。ただでさえ業界は不人気ですし、良い人材は大手さんに持っていかれるのが常なのですが、うちは欲しいと思った人材は、社長が最終面接に登場すればかなりの率で、うちに来てくれるのですよ」
根源は、ほめ言葉
不動産仲介業は営業力がものをいう世界ですから、いい人材が採用できるか否か、定着してくれるか否かは大変重要なポイントになってくるのは想像に難くないところ。そんな業界にあって、社長が『採用の神様』とはなんとも心強いお話です。
応募者側は当然、他社との掛け持ちであるケースがほとんどで、最終面接で内定が出たからと言って必ずしも自社に決めてくれるわけではありません。しかも、掛け持っている相手企業が大手企業はじめ、自社よりも知名度が高かったり待遇が良かったりというケースも間々あるのです。
人事部長、営業部長が面接をして、OKが出た応募者に対して社長が面接するのは最終段階でのこと。そんな場面で応募者の気持ちを一気に自社に引きつける社長面接を、T部長は「社内では『社長マジック』と呼ばれています」と紹介してくれました。そう言えば、私が社員と面談した際の話の中にも、「採用面接の時に、この人が社長ならこの会社で働いてみたいと思った」という発言があったことを思い出しました。
「応募者をその気にさせる『社長マジック』ですか?」
私の不思議そうな顔を見るや、すかさずT部長がその正体を説明してくれました。
「『社長マジック』の根源は、ほめ言葉なのですよ。面接で社長は、求職者に積極的にいろいろな質問をして、最後に必ず彼らをほめるのです。『Aさんは前向きに資格を取られたりして努力家なのですね。素晴らしいな。うちでのご活躍に期待が高まりますよ』とか、『Bさんは、これまでいろいろな会社をご経験をされているのですね。それは財産ですね。豊富な経験をぜひ、うちで活かして欲しいですね』とか。緊張の面接で社長からいきなりほめてもらうのですから、みんな嬉しそうに笑顔で帰っていきますよ。そのあと内定の連絡をすると、彼らは『お世話になります』ってふたつ返事で決めてくれるわけなのです」
『ほめる』の効用を実感して、職場でも
面接で面接官が応募者をほめると言うのは、あまり聞いたことがありません。しかも面接官は社長です。なぜ、面接で社長がほめるのか、その真意を直接社長に質問しました。
「それまでに部長方がいろいろな角度から検討して、厳選してくれた良い人材が僕の面接には上がってくるわけですから、この段階に及んでことさらに粗さがしをする必要はないじゃないですか。ならば、僕なりに当社で働いてもらうイメージを湧かせる意味からも、応募者のいい点を実感しようとあれこれ聞いてみるわけなのです。それで、いいなと思ったら素直にほめ言葉を返してあげる、ただそれだけのことです」
それにしてもなぜD社長は、初対面の相手に対してもそんなにも簡単にほめ言葉が出てくるのでしょうか。
「社長の『ご機嫌』は良いけど、『不機嫌』はダメだってお話ししましたよね(前回ご参照)。つまり、『いいなぁ』と思う感情は社長の『ご機嫌』なので、迷うことなく即座にほめてあげるのがいい。逆に叱るときは、注意しないと社長の『不機嫌』が紛れ込んでしまうので、すぐには叱らない。『不機嫌』を持ちこんでいないかよくよく確認して、改善に向けられる叱り方を考えて叱るのです」
また、採用面接の『社長マジック』には思わぬ付随効果もあったようです。T部長が付け加えます。
「社長面接に同席する我々部長クラスも、『ほめる』ということの効用を改めて実感して、職場でも心掛けるようになりました。うちの社員たちが皆前向きに頑張ってくれて業界内でも飛びぬけて定着率がいいのは、『社長マジック』のおかげかなと思います」
「ほめる」が会社の文化になれば、採用応募者も社員もみな『ご機嫌』と言うわけです。仕事でほめることを恥ずかしがる経営者、管理者は多いのですが、H社の『社長マジック』を見る限り雇用に業績に効果てき面。実践できている経営者が少ないからこそ、効果が大きいのかもしれないとも思います。ならば今のうち。だまされたと思って社長自ら「ほめる」の実践、やってみる価値は大いにあるのではないでしょうか。(大関暁夫)