働く人のメンタルヘルス不調の影響がじわりと広がりをみせている。厚生労働省の労働安全衛生調査(実態調査、2013年版)によれば、過去1年間にメンタルヘルス不調により連続1か月以上休業または退職した労働者がいる事業所の割合は10%だった。2012 年の調査結果(同8.1%)より上昇している。産業別で最も深刻な情報通信業では、28.5%に及ぶ。ハラスメント、ブラック企業などの言葉が飛び交う中、事態は深刻さを増している。
そんな中、改正労働安全衛生法により、2015年12月から、従業員のストレスチェックを毎年実施し、面接指導などを行うことが企業に義務づけられる。どのようにしてチェックするかは各企業の自由だが、厚生労働省は、標準的なツールとして「職業性ストレス簡易調査票」を推奨する予定である。
「プレッシャーや不満の抱え込み」というキーワード
同調査票は57の質問からなるが、その中に次のような項目がある。
あなたの上司、職場の同僚、配偶者、家族、友人等との関係について
・どのくらい気軽に話ができますか?
・あなたが困った時、どのくらい頼りになりますか?
・あなたの個人的な問題を相談したら、どのくらいきいてくれますか?
これを読んで、不正リスク検討の定番である「不正のトライアングル」が頭に浮かんだ。不正を誘発する3要素の1つに「プレッシャーや不満の抱え込み」があるが、上記の質問に否定的な答えをする人は、問題の抱え込みを起こしやすい人だといえるのではないだろうか。
確かに、不正を犯してしまう人も、強いストレスを抱え、メンタルヘルスを害してしまっている場合が多い。例えば、昨(2014)年公表された、ゴム・プラスチック製品メーカーA社における粉飾決算の調査報告書を読むと、「(上司に)相談しても聴く耳をもってくれない」というストレスの連鎖が、粉飾決算の一因となったことがわかる。
粉飾決算実行の舞台は、A社のB工場。多角化の期待を担う新事業部門が、新しい製造方法が軌道に乗らず赤字に苦しむ中、工場長は、担当役員から損益を早期に改善するよう厳命を受け、強いプレッシャーを感じていた。
プレッシャーは、部下への叱責という形で伝染していく
工場長が感じたプレッシャーは、工場の部下への叱責という形で部門内に伝染していく。新事業部門の部長代理は就任したばかりで、「就任早々工場長には弱音を吐けない」「自分の評価も下げられてしまう」などの不安感が交錯し、粉飾という安易な逃げ道を選択し、具体的な方法は部下である課長に任せた。
課長自身も、課の損益計画未達について工場長から「こんな数字で済むわけないだろう」「なんとかせい」などと一方的に責め立てられることが多く、(何を言っても)工場長は聴く耳を持たないと感じてしまった。そして、複数の担当者に在庫数量の改ざんを指示し、粉飾はエスカレートしていった。
指示を受けた部下たちの中には、不正行為であると認識していた者もいて、「こんなことやって大丈夫ですかと」などと質問したこともあったが、直接の上司から「やるしかない」と言われ、指示に従っていたようだ。
第三者委員会の調査報告書は「聞く耳を持たないと思わせる対応に終始したことが、本件不正に部下が踏み込む動機付け形成の要因となったことは否めない」「理由・原因が分からない損益計画未達の報告でも、まずは聞いて、一緒に分析・対策に取り組むと、部下に思わせる対応・姿勢を示していれば、本件不正行為の阻止・拡大防止ができた余地がある」と指摘している。
「何とかしろ」というだけなら誰でもできる。そう言い放って部下を追いやるようでは、経営者、管理職失格だ。もちろん、甘やかすべきだなどと言うわけではないが、部下に厳しい目標を課したときほど、上司はきめ細かいフォローアップをし、悪いことほどすぐに隠さず報告できる「頼りになる」存在にならなければならない。部下からの報告・相談に「聴く耳をもって」、最終責任は自らがとるという心意気が求められる。
ストレスチェックの義務づけを機に、メンタルヘルスはもちろん、職場風土やモチベーションの向上、さらには不正の防止にも役立てたい。(甘粕潔)