銀行時代の取引先で技術力に定評のあった金型製造の老舗企業W社が、昨年秋に廃業したという話を人づてに聞きました。
社長は2代目。創業時代から先代を支えてきた番頭さんや技術者が相次いで引退する中で、その穴を埋めるようなキーマン人材の補強ができなかったことが痛かったのではないかと、私に廃業の事実を伝えてくれた方は話していました。
中堅、中小企業にとって人材は最重要の経営資源
中堅、中小企業にとって人材は最重要の経営資源です。会社経営を引き継いだ2代目3代目が先代時代からの人材入れ換わりを受けて新たなキーマン人材を確保しつつ企業を発展存続させていくのは、なかなか至難の技であると言うことを痛感させられる出来事でした。
多くの企業を見てきた中で、人材の確保に恵まれている企業は不思議と恵まれる循環にあるというのが私の実感なのですが、旧知の精密機器部品製造C社のT社長は同じ2代目ながら、本人曰く「運よく」人材に恵まれた循環で順調な活動と着実な発展を続けています。
「僕は本当にツイているのですよ。困った時に常に神様が味方してくれるのです」とキーマン人材の採用に関しては、事あるごとにそう言うのがT社長の口癖です。一体何がツイていて、神様がどのように味方してくれているのか。彼の論理は次のようなものです。
「僕のツキはじめは、先代が亡くなっていきなり社長就任となった時。先代の人脈をもれなく引き継げる営業の右腕がいなければ、会社は立ち行かなくなると焦っていました。そこを助けてくれたのが、ちょうどその頃うちに出入りを始めたY営業部長です。彼をスカウトし、窮地を脱しました。業界内で営業経験豊富な彼のような人材が、たまたま目の前に現れるとは本当にツイていたのです」
社長によれば、さらにその後に工場長が病気で退職した際にも、程なく納入先の大手企業から工場管理のエキスパートを迎えることができたと。さらにまたその後、先代時代から技術部門を支えてきた製品開発部門の部長が引退した際にも、現場視察で目についた若手技術者を登用。彼は開発部門で、事業の新たな柱づくりに貢献しているそうです。
W社廃業の話を耳にしたこともあり、T社長は会社の危機を救うキーマン人材の確保においてどこが異なり、何が彼に「ツキ」をもたらしているのか久しぶりに話を聞いてみたいと思い、社長を訪ねました。するといきなり、新たに入社した顧問を紹介されました。
「昨年うちは、工場を次々増設して会社規模が大きくなったことで、各工場の水準バランスや意識合わせが図りにくくなってきていたのです。どうしたものかと悩んでいたら、ちょうど上場企業の役員を退任されたばかりのHさんと異業種交流で知り合いました。製造業のトータル管理経験をうかがい、無理にお願して顧問を引き受けてもらったのです。本当に助かりました。現場任せで問題のあった工場管理ですが、大手仕込みの管理手法で各工場の均一管理が可能になりました。また神様に助けられましたよ」と笑います。
無意識のうちに目を皿にして探し続けている
すると、顧問のHさんが社長を評して言いました。社長は人を探し出すことにとにかく熱心なのだと。自社で欲しいキーマン人材がいると、その人材が見つかるまで意識の底でひと時もそのことが頭から離れなくなり、無意識のうちに目を皿にして探し続けているのだと。
「社長は私との初対面で、私が大手企業に勤務していたことを知るや、なりふりかまわず根掘り葉掘り経歴を聞きはじめて、いきなり『あなたのような方を探していました。頼みます!うちを助けてください』ですから、こちらが驚きましたよ」
Hさんの話に、今まで見えなかったものが見えた気がしました。すなわち、社長の言う神様の正体です。もしかするとそれは、「カラーバス効果」と言われるものかなと。
「カラーバス効果」とは、普段は何気なくやり過ごしてしまうものが、注意して見ていると驚くほど気が付くことが多いと言う現象のこと。例えば、出かける際に「今日は赤い看板が街にどのくらいあるか注意してみよう」と意識して出かけると、普段と違って赤い看板の数が予想以上に多いことに気がつかされる、そういった現象の事を指します。
Hさんの話を受け社長が返します。
「いつも神様が見ていてくれて、僕が困ると『あいつ困っているから、ちょうどいい人材を目に前に置いてやろう』って助けてくれるんですよ。本当にありがたいことです」
とご機嫌な様子でした。
困った時にあきらめることなく、自らの目を凝らして必要人材を身近なところからも探し続ける努力。それが「カラ―バス効果」を生み、通りすがりで見落としがちなキーマン人材をしっかり確保できる最大のポイントなのかもしれません。
「僕はツイてます。神様に感謝です」と、信じて疑わず嬉しそうに語るT社長。「カラ―バス効果」の話をするのはやめておきました。(大関暁夫)