海外在住の日本人の間で「出国税」が話題 海外進出への萎縮効果を懸念

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   最近、海外に住む人のなかで、いわゆる「出国税」の話題がよくでます。

   出国税というのは、国内から海外に住居を移す場合に課せられる税のことです。日本においても、2015年度税制改正大綱に(特例の創設として)盛り込まれ閣議決定されました。解散などなければ、関連法案が通常国会で可決され、7月から施行される見通しです。

   内容としては、海外に転居する場合に、未実現の株式の含み益に課税するという内容です。未実現の株式の含み益というのは難しい言葉なのですが、要するに、売って利益も確定していない株であっても、計算上利益が出ていれば、税金を納めなさいというものです。

これまでは「合法的な節税」だったが・・・

   日本で株式を売って利益が出た時のキャピタルゲインは、20%の課税(復興特別所得税分の計算は含まない表記)です。一方で、シンガポールや香港ではキャピタルゲインは無税ですから、0%です。

   このため、株をもったままシンガポールに転居して株を売ると税金がかからない。合法的な節税ということでしたが、これに蓋をするために出国税が導入されるということです。

   つまり、外国に転居する場合、実際に売ったか売ってないかにかかわらず、(計算上)利益が出れば税金納めなさいよ、ってことです。これなら、たとえばキャピタルゲインが無税の国へ転居した後に売る、ということの「うまみ」がなくなることになります。

   なるほど、ズルができないようにするのは良いことのように思われますが、問題点も多くあります。

   法案としてまとまるのはまだ少し先なのでしょうが、現時点での問題点のひとつは、転居(手続き)しただけで原則、(計算上利益が出れば)税金がかかるということです。日本国籍を捨てるわけでもなく、海外に永住権を得て移住するのでもなく、単に住民票を抜いただけで対象になるのです。駐在員として海外に赴任する場合でも原則、一律に適用されます(後述するように、年限を区切った猶予措置などもありますが)。海外の会社に採用され、海外で働くことになっただけでも(後述の対象範囲に入っていれば)、適用対象です。

   本件の報道でもあるように、国としては、「多額の資産を持つ人の税のがれ」を許さない、という姿勢なのでしょうが、実際はそういう引退して海外に逃れるひとではなく、現役バリバリの海外展開したい起業家や、投資家、中小企業のオーナーなどが、のきなみ網にかかって一網打尽にされてしまう気がします。

   とはいえ、対象となるのは有価証券等の価格が1億円を超える場合などとされ、年間100人程度とも報道されていますが、どう考えてももっと多いでしょう。

   例えばベンチャー企業に関わったり、投資をしたりしている人。当初安い値段で出資したものが、だんだんと会社の規模が大きくなると、持っている株式の評価額が1億円を超えることはざらにあります。

   また、株式だけではなく、匿名組合の出資の持ち分も課税対象です。例えばベンチャーキャピタルへの出資などがこれにあたるほか、信用取引、デリバティブなどの含み益も対象とされています。

   さらに、地元の中小企業の創業者の跡取りみたいなひとでも、家族が経営する会社の株をたくさん持っていたりします。ちょっとした中小企業でも、1億円を超えるところは結構あるでしょう。

条件付きで還付や猶予はあるけれど

   問題は、そういう人は、手持ちの株を処分できないということです。未公開株は、買い手がすぐつくわけではないですから、簡単には処分できません。これでは納税するにも大変です。

   かわりに、5年(最大10年)以内に日本に戻ってくる場合は、税金の還付や納税猶予があるという制度になるようですが、要するに税金を人質にとって、10年以内に戻ってくるように脅しているように私には思えます。還付の場合は、いったんは納税するわけですし、納税猶予の場合でも、納税管理人を選定した上で税額相当の担保を差し出す必要があります。

   他にもいろいろと手当はなされているようですが、複雑であり、(対象者であれば)海外で仕事をするだけで、このような手続きを正確にこなさなければならず、ミスすれば脱税に問われるケースも出てくるかもしれません。一旦法律が施行されれば、徴税当局は有無をいわさず杓子定規に適用するでしょう。

   個人的には、このような税制は誰の得にもならないと考えます。例えば、いま日本のベンチャーは果敢に海外を攻めています。中小企業だって、韓国に負けないように、果敢に世界に展開しています。私が住んでいるベトナムに進出してくるのも、ほとんどが中小企業の製造業です。国だって、これを全面的に応援しているはず。

   しかしこのような出国税があると、たとえば、役員がベトナムに(5年超)行って工場を作って展開しようとしたときに、自分たちの経営する会社の売れない株の評価額をもとにした利益に対して課税されてしまうようなことがあれば、とてもではないですが、行く気が起きないのではないでしょうか。経営者や創業者は、海外で陣頭指揮を取ることに萎縮してしまいそうです。

   たしかに、税制の穴を塞いで心情的に不公平と思われることを正すのは、溜飲を下げるにはよいかもしれませんし、取れるところから取りっぱぐれのない内容にしたい徴税側の論理はあるでしょう。しかし、その一方で、その額が具体的にいくらになるのかわかりませんし、それで、何十億円か徴収できたところで、日本の会社の海外進出に対する意欲を削ぐ結果になっては、税金を取り立てる意味がありません。

   私は、海外ですでに暮らしている人をかなりの数知っていますが、彼らは、もう二度と日本国に住民票を入れようと思わないと言っています。入れたら最後、もう一度出る場合に何を課税されるかわからないから、というのです。対象となるのは、転出前の10年以内に5年超住んだ人、ではありますが。

   そういう「海外で暮らしていたような売国奴は二度と日本に戻ってくるな」という極端な意見もありましょう。まさにそういうことが実現しそうであります。(大石哲之)

大石哲之(おおいし・てつゆき)
作家、コンサルタント。1975年東京生まれ、慶応大学卒業後、アクセンチュアを経てネットベンチャーの創業後、現職。株式会社ティンバーラインパートナーズ代表取締役、日本デジタルマネー協会理事、ほか複数の事業に関わる。作家として「コンサル一年目に学ぶこと」「ノマド化する時代」など、著書多数。ビジネス基礎分野のほか、グローバル化と個人の関係や、デジタルマネーと社会改革などの分野で論説を書いている。ベトナム在住。ブログ「大石哲之のノマド研究所」。ツイッター @tyk97
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