「入社後も平気でウソをつきかねない」との見方も
自己PRをどこまで「盛る」か、ほとんどの採用担当者は異口同音で否定的に話します。
つまり、サークルなら平部員だろうが副部長だろうがどうでもいい。学生が大したことない話と感じていても、学生の素の姿を見て、一緒に働けるかどうかを判断したい。
「盛る」でもウソでもいいから、いいところを見せてくれ、と話す採用担当者はほとんどいません。
さらに辛らつな採用担当者はこうも話します。
「『盛る』でもウソでも話したいというなら、それはそれで構いません。ただし、その話、入社してから定年退職するまで30年だか40年だか、ずっと突き通す自信があれば、ですが」
もちろん、これはそんな自信などあるはずがない、との裏返しによるもの。
序盤の面接ではウソが判明しなくても、中盤以降の面接で掘り下げて質問したり、面接前にちょっと検索したりすれば、ウソかどうかは大体判明する、と多くの採用担当者が話します。
「『盛る』も多少ならまだ見逃せますが、やってもいない経験をしたと話す『盛る』だと、入社後も平気でウソをつきかねないので、むしろ落としていきます」
こう話す採用担当者もいました。
「相棒」では、ウソがばれた犯人に杉下右京警部が語ります。その内容は、多くの採用担当者の言っているものと変わりません。
「たとえ嘘がばれなかったとしても、あなたは幸せになれなかったと思いますよ。偽りで始まったものは、その後もずっと偽りの人生でしかないのですから」