「給与が低い」と嘆く社員への「社長の不満」

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   新春の新聞に興味深い記事が掲載されていました。経営者と従業員に同じ質問をして、その違いを浮き彫りにした「働き方アンケート」。特に目を引いたのは、経営者の90%近くが「自社の従業員は仕事や会社に満足していると思う」としたのに対して、従業員側の回答は約60%。そこには「30%」もの開きが生まれていました。「満足していない」と答えた従業員の中で半数以上は、その理由として「収入が少ない」をあげていたのです。

   このギャップ。特に中小企業の現場においてはよくある話です。以前、社内活性化のお手伝いをしていた大手下請成形加工業B社で、そんなギャップの実態をまざまざと見せられた出来事がありました。

理由は「同業他社と比べて」「同級生と比べて」

給料、もっと欲しいな
給料、もっと欲しいな

   B社社員の方々とのフリートークでの意見交換の席上で、「会社に改善して欲しい点」について率直な意見を求めた時のことです。業務や組織風土、経営者の姿勢等に関する意見はポツポツ出る程度、ところがある若手社員が「給与を上げて欲しい」と発言すると、他の社員からも追随して「給与水準が低い」という意見が複数出されたのです。

   その理由を尋ねてみると、「同業他社と比べて」「同級生と比べて」「雑誌等で見る世間相場に比べて」等々がその主なものでした。要するに、他者との比較を基準にして「どうやら自社は給与が安いように思うので、もう少し給与を上げて欲しい」というのが彼らの本音のようでした。

   B社の給与水準は私が知る限り中小企業としてはとりわけ低いわけではありませんでしたが、確かに発注元企業はじめ業界大手に比べれば当然見劣りします。そもそも、業界自体も決して高い給与水準とは言えないレベル感なので、待遇に対する不満足感は爆発するレベルではないながらも、密かにたまりやすい状況にあったのは間違いなかったのでしょう。

時給換算で考えれば・・・

   このこと自体はさほど重大な問題ではなかったのですが、私は社長がこれを聞いてどういう反応をするかに興味があり、給与面に関する社員の意見をお話ししました。すると、驚く風でもなく意外にも強気な答えが返ってきたのです。

「社員は分かっていないのですよ、本当のところを。時給換算で考えればうちは十分高い水準の給与を支払っているんですけどね」

   「時給換算?」

   大手だろうが中小だろうが月の所定労働時間に大差はないはずなので、月給でみても時給でみても、高いものは高い安いものは安いのじゃないかと、社長の言っている意味が私にはすんなり理解できずに思わず聞き返しました。

「僕は若い頃、先代の命を受けて大手上場企業に5年ばかり修行に出されました。自社に戻って分かったことは、大企業は仕事の密度が驚くほど濃いということ。彼らが1日法定8時間労働で働いている実質労働時間を仮に7時間としたら、うちあたりの会社はせいぜい4~5時間がいいところ。時給に換算したら、うちの方が給与は高くなるってことです。うちの職場が遊び半分とまでは言わないまでも、職場の雰囲気も含めて大手企業の就業環境の厳しさは中小企業の比じゃないです」

   社長の反論は続きます。

「うちの給与に不満を言っている連中は、結局大企業と比べているのです。同業他社で給与が分かるのは大手だし、うらやましいと思っている同級生はおそらく大企業勤務の人でしょう。雑誌に登場する世間相場もたいてい大企業平均。それらと比べるのだったら、時給で比べて欲しいということです。ドライな言い方ですが、経営者にとっては給与と言えども会社運営上のコストですから。もちろん、実質の時給を考えろとか給与はコストだから低く抑えたいとか、ブラックだと誤解されても困るので大きな声では言えません」

   会社運営者としての立場で考えるなら、気持ちでは収益を上げてできる限りたくさんの給与を社員一人ひとりに配ってあげたいと思ったとしても、企業の支出としてはいかに合理的に説明のつく金額に落ち着かせるか、ということを斟酌せざるを得ないのは曲げようのない事実なのです。

交わることのない大きなギャップ

   この話に私は、給与に関しての相対する二つの考え方、「生活を思えば、他者と比べてもっと欲しい」社員の感覚と、経営上「給与=コスト」を忘れるわけにいかない社長のそれとの間には、どこまでいっても交わることのない大きなギャップが存在すると感じさせられたものです。ギャップが大きいと分かるからこそ、社長は誤解を恐れ「大きな声では言えない」。でも、言わなければギャップは解消されようがありません。給与に関する経営と社員のフランクなやり取りは、企業経営における大きな課題であるなと実感させられました。

   最近のことですが、新興市場に上場したITベンチャー企業で、毎月の給与支給前に社員一人ひとりがサイコロを振りその出目によって給与に1~6%が加算されるという給与制度をとっていることが話題になりました。この施策は、「給与というものは、運不運がつきものだということを社員に理解してもらうための経営者からメッセージ」なんだとか。

   新興企業は経営者も社員も若く、やることが大胆です。経営と社員の給与に対する考え方のギャップ解消の観点からは、タブーを作らないというこのやり方がひとつのヒントに思えました。タブーの排除は今どきの組織活性化キーワードとして、B社はじめ多くの伝統企業が学ぶべきことなのかもしれません。(大関暁夫)

大関暁夫(おおぜき・あけお)
スタジオ02代表。銀行支店長、上場ベンチャー企業役員などを歴任。企業コンサルティングと事業オーナー(複合ランドリービジネス、外食産業“青山カレー工房”“熊谷かれーぱん”)の二足の草鞋で多忙な日々を過ごす。近著に「できる人だけが知っている仕事のコツと法則51」(エレファントブックス)。連載執筆にあたり経営者から若手に至るまで、仕事の悩みを募集中。趣味は70年代洋楽と中央競馬。ブログ「熊谷の社長日記」はBLOGOSにも掲載中。
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