内定者拘束は復活するか 「フルコース料理をごちそう」の夢と現実

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   前回のバブル期就活の話を受けて、今回のテーマは「内定者拘束復活?」です。

   ところで前回の掲載以降、いくつかご批判をいただきましたが、私はバブル世代を含め過去を断罪しよう、とか、批判しようというわけではありません。

   バブル時代であれば、内定者引き留めのために300万円近くをかけていた、そういう時代だったのです。私は過去の事例を掘り起こして、現代との違いに面白さを感じるからこそ記事にしているわけです。批判がどうこう、という意図はまったくないので念のため。

内定者拘束は就活期間の短さが理由?

まずは、こんな感じから始めて・・・
まずは、こんな感じから始めて・・・

   バブル期の内定者拘束が盛んだったのは単に企業側がバブルで学生を甘やかしていたからではありません。あるいは、他社の選考参加を妨害するためだけに内定者拘束をしていたわけでもありません。

   2010年代現在の就活とは違う背景がそこにはありました。

   大きな理由は2つ。まず1つは、就活期間の短さです。1980年代の就活時期は、4年生8月1日が選考解禁でした。

   学生が動き出すのが5月の連休明けあたり(『就職ジャーナル』1990年12月号)。

   6月か7月には内々定を出す企業も多かったですし、8月の選考解禁日に本当に選考を実施する企業を含めても、4か月か長くても半年程度。2015年卒採用の場合、3年12月に説明会など広報解禁、4年4月に選考解禁。実質的には3年11月ごろから動き出すのが主流。で、内々定が出て就活を終えるのが4年5月か6月あたり。7か月から9か月近くかかっているわけで、1980年代の就活期間は現代よりも短いことが明らかです。

   しかも、今と違ってインターネットも携帯電話も普及していません。情報と言えば『就職ジャーナル』か書籍か口コミ程度。

   インターンシップなんてものも文系総合職志望向けにはなく、どんな業界にどんな会社があるのかは、リクルートブック(今の就活ナビサイトを冊子にしたもの、電話帳並みに分厚い)くらいしか情報源はありませんでした。

   十分な企業研究・業界研究をできないまま、あっというまに内定。「本当にこの会社でいいのかなあ?」と学生が考えても不思議ではありません。

石渡嶺司(いしわたり・れいじ)
1975年生まれ。東洋大学社会学部卒業。2003年からライター・大学ジャーナリストとして活動、現在に至る。大学のオープンキャンパスには「高校の進路の関係者」、就職・採用関連では「報道関係者」と言い張り出没、小ネタを拾うのが趣味兼仕事。主な著書に『就活のバカヤロー』『就活のコノヤロー』(光文社)、『300円就活 面接編』(角川書店)など多数。
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