ブラック企業、パワハラ、メンタルヘルス・・・残念なことに職場環境をめぐる話題は尽きません。 近年、職場環境を改善する動きが企業で注目されているとはいえ、環境が改善されている職場はごく少数でしょう。
今回は職場環境のうちメンタルヘルスに関わる事例をご紹介したいと思います。(一部創作しています)
私の対応が冷たく、業務を教えてもらえない、と同僚に・・・
――医療関係の仕事をしています。半年前に中途入社してきたRさんの様子がおかしいのです。
私の会社では、未経験者でも専門用語や業務内容を早期に身につけてもらうため、研修や周囲のサポート体制が充実しています。だいたい3か月前後で、取り扱う言葉や仕事の流れに慣れてくるものです。ところが、Rさんは3か月を過ぎても、「先ほどの件で確認したいことが...」と、業務指示を何度も確認してくることが多かったのです。
最初は対応していたものの、その後も確認が減ることはなく、むしろ増えていきました。半年以上経っても、毎日同じようなことを聞いてくるので、さすがに
「それ、昨日も教えたよね?メモしてほしいんだけど」と伝えました。
その翌日から、Rさんはお昼も食べずに業務に没頭していたり、そうかと思えば業務時間にボーっとしたり、しまいには会社に連続して遅刻するようになりました。
その後も、作業スピードはあがらず、ミスも多く、とても1人に仕事を任せられない状況です。
1人前になるために次のステップに進んでほしいのですが、Rさんは私の対応が冷たく、業務を教えてもらえない、と同僚に話していたようで、会社に来るのが辛いし、眠れない日も続いているとのこと。
また、間接的に話を聞く限り、前職を辞めた理由はうつによる体調不良だそうです。半年前の入社時に、治療がどの段階だったのか、治療は終わっていたのか、などは分かりません。面接では、そうした話は出ませんでした。
今後、Rさんがうつ病の診断を受けた場合、どうなるのでしょうか。私の対応が原因とされ、損害賠償を支払わなければならないのでしょうか――
弁護士解説 「業務による強い心理的負担」か、業務指導の範囲内か
Rさんのこと心配ですね...。また、あなたも責任を感じ始めているようですが、自分を責める思考になるとあなたまで体調を崩しますので、まずはほうじ茶なんかで、ホッと一息ついてから回答にいきましょう。
今回のケースのポイントは、Rさんがうつ病の診断を受けた場合、その原因が、あなたの発言など仕事による強いストレスによるものか否かです。これが認められると労災と認定され、Rさんは会社や、ストレスを与えたあなたに対して損害賠償請求をすることができる可能性があります。
労災か否かの判断は難しく、個別具体的な事情によりますが、厚生労働省は精神障害の労災認定要件として以下のものをあげています。
(1)認定基準の対象となる精神障害の発病前おおむね6か月の間に、業務による強い心理的負担が認められること
(2)業務以外の心理的負荷や個体側要因により発病したとは認められないこと
今回のケースでいうと、あなたの「それ、昨日も教えたよね?メモしてほしいんだけど」との発言が、「(1)の業務による強い心理的負担」にあたるか否かが問題になりますね。あなたがRさんに対して正当な理由もなく日常的にこのような発言をしていれば、「業務による強い心理的負担」にあたる余地はあるでしょう。しかし、1回限りのこのような発言は、業務指導の範囲内である指導・叱責にあたり、「業務による強い心理的負担」にあたらないと考えられます。
また、前職を辞めた理由がうつによる体調不良で、仮に、まだフルタイム勤務が可能なほど回復した状態ではなかったのだとしたら、今のうつ病は「業務以外の心理的負荷や個体側要因により発病した」といえるので、(2)の要件も満たしません。
具体的事情をよりくわしく聞かないと判断は難しいのですが、基本的に今回のケースは(1)、(2)の要件を満たしていないので、労災でない可能性が高いと思います。Rさんからの会社やあなたに対する損害賠償請求は認められない可能性が高いです。したがって、Rさんがうつ病と診断されても、心配する必要はないでしょう。
部下がうつ病になってしまったら上司の自分のせいではないか、と心配になる気持ちはわかります。しかし、よほどヒドイことをかなりの頻度で繰り返していないかぎり、精神疾患が労災と認定される可能性は少ないのが実情です。今はまだ訴訟のことは心配せず、現状のRさんができる範囲の仕事について、Rさんとじっくり話し合うのも良いかもしれません。(文責:「フクロウを飼う」弁護士 岩沙好幸)
ポイントをまとめると、
1:労災と認定されるためには、発病前の6か月間に「業務による強い心理的負担」があったことが認められる必要がある
2:前職でのうつ病が継続している状態などの場合は、「業務以外の心理的負荷や個体側要因による発病」ともとらえられるため、労災が認定されない可能性がある