前回コラム(「『ブラック企業はもはや生き残れない』理由」9月23日配信)に引き続き、テーマは「企業における男性の育児参加推進の必要性」。いずれも、「労働大学校」に招聘を頂き、先日研修した内容を中心にまとめたものだ。
先に示した大きな柱の4項目のうち、前回は「1:『ワーク・ライフ・バランス』への根強い誤解をとく」を取り上げた。今回は、「2:男性の育児参加を推進することのメリット」を掘り下げたい。
根強い「男性の育休取得」への疑問の声
「男性の育児参加」に対する、多くの事業主・人事労務担当者の意識はどのようなものか。
「ウチの会社、女性は実際に育休をとれてるし、法律違反もしてないから問題ないはずだ。ここからさらに『男性の育休取得』まで促す必要があるのか?」
といった声がまだまだ根強いのが現状である。
たしかに気持ちはわかるが、そもそも育休取得は男女ともに法的に認められている権利だ。社員から要望があればとらせなければいけないし、主力として活躍している社員が育休を取得したとしても、業務に何ら影響が及ばないような組織作り、人員配置が組織には求められるのである。
「残業は悪だ!」の根源的な問題
私は常々、「残業は悪だ!」と強く主張している。皆さんはその理由を何だとお考えになるだろうか。
一般的な回答としては...
社員にとっては「自由な時間がなくなるから...」
会社にとっては「残業代がコストになるから...」
といったところが考えられる。確かにそのとおりだ。しかし、もっと大きく、根源的な問題があるのだ。それは...
(A)仕事の効率が悪くなる
(B)会社、組織、社員が抱える潜在的な問題が見えなくなってしまう
(C)有能だがフルタイムで働けない人の戦力化を妨げてしまう
からである。順に詳しく見ていこう。
まず、
(A)仕事の効率が悪くなる
について。
OECDによる、主要国における年間の労働時間を示した表をみると、日本の労働時間は以前よりは減ってきているものの、相変わらず先進国中トップクラスの多さだ。しかも、これは公的に捕捉されている時間のみであるから、記録には現れない「サービス残業」まで含めれば、間違いなく世界トップ(すなわち、ワースト)といえるだろう。
では、それだけ長時間働いているなら相応の価値を創出していていいはずであるが、「労働者一人当たりの労働生産性」をOECDデータからみると、これまた日本は先進国最低水準であり、しかも主要先進7か国中の最低記録を1994年から20年連続で獲得し続けている。すなわち日本の労働社会は、頑張って長時間働いても価値を生み出せない、負のスパイラルに陥っているといえよう。
「どうせ残業するから、昼間は体力を温存しとこう...」と開き直る人も
日本では、残業するのが当たり前の環境であり、誰しもそれが所与のものであると甘受しているようだ。改善しようとするどころか、「一人で先に帰りにくいし...」と遠慮がちに周囲に合わせてしまう人や、「どうせ夜は残業するんだから、それに備えて昼間は体力を温存しとこう...」と開き直る人までいるような状況である。
「率先して残業して、仕事を頑張ってるんだから、文句を言われる筋合いはない!」
と思われる方もいようが、残業の悪影響はもっと根本的なところに現れる。
次に
(B)会社、組織、社員が抱える潜在的な問題が見えなくなってしまう
を見ていく。
「残業が当たり前」の環境にドップリ浸かってしまうことによって、「短時間で仕事を効率よく処理するチカラを鍛え、発揮する機会」が潰されている、と言い換えることができるからだ。当然、仕事の生産性は確実に悪化する。
あなたは、「時間内に仕事が終わらない原因」は何かと考えたことがあるだろうか。
まず思いつくのは「仕事の絶対量が多いから」という答えかもしれないが、残念ながらそれではほぼ思考停止も同然だ。世の中には、あなたよりも大量の仕事を、あなたよりも少ない時間でこなしている人が確実に存在している。少し考えればそれ以外にも、次のような可能性が考えられるだろう。
「あなた自身の能力が不足しているから」
「仕事の進めかたにムダやムリがあるから」
「あなたのモチベーションが充分ではないから」
「仕事を進めていく上でのシステムや組織構成に欠陥があるから」......
いずれも、早急に課題を発見し、解決のために手を打つことが喫緊に必要なことばかりだ。しかし、「残業すればいいや」とオフィスにダラダラ残るのが当たり前になっていると、どんな問題があろうとも最終的なソリューションは「長時間労働でなんとかする」だけになってしまう。そのままではあなた自身が疲弊するだけだし、残業の原因になっている根本的な問題を解決する機会さえも奪われ、結局いつまでも残業を続ける...という悪循環になってしまうのは目に見えている。
「夜8時からの会議」に疑問を抱け!
前回コラムでも述べたように、これまで日本の組織は、「人口ボーナス期」のルールに従い、従業員に長時間労働させることで成長してきた。裏を返せば、「家庭を顧みず、深夜も週末も関係なくハードワークできる人」だけが出世できるシステム、といってよい。
しかしこれからの時代、そんなシステムを温存したままで、「残業するのが当たり前」の環境にドップリ浸かっているのは実に危険だ。あなた自身の成長につながらないばかりか、組織自体の存続可能性さえ危ういからである。
最後に
(C)有能だがフルタイムで働けない人の戦力化を妨げてしまう
について考える。
例えば、重要な意思決定に関する会議が「夜8時から開催」ということがあったとしよう。私自身がサラリーマンだった頃はそんなことなど日常茶飯事で、何ら疑念など抱かなかったが、自ら育児に携わるようになり、時間を含め諸々の制約条件ができてからは、その設定がいかにおかしいかに遅まきながら気づくことができた。
施設にもよるが、基本的に保育園や学童保育などで子供を預かってくれる時間は18時~19時くらいまで。それ以降まで受け入れてくれる施設もあるが、割高な延長料金、オプション料金などを支払わねばならないこともしばしばである。そんな人がいる都合も考慮せず、就業時間後に重要な会議を設定している組織は「多様性」について何ら配慮していないといえよう。
「そんな個々人の事情など関係ない。ウチは残業も厭わない社員だけで固めてるから大丈夫だ!」
「ウチは子供を作る予定もない!そんな一部の家庭の事情にかまってられるか!」
など声高に主張する人もいるが、皆「自分には関係ないこと」だと思い込んでいるから言えるのだ。
では、「ウチは残業も厭わない社員ばかりだ!」と安心する経営者は、その中の稼ぎ頭に思いがけず子供ができて、残業できない状態になったらどうするのだろう。
また、「子どもの予定はない!」と強気に主張するあなたの親御さんが、思いがけず要介護状態になったとき、それでも残業を厭わないハードワークを続けられるだろうか。
考慮すべき対象が「育児中の女性社員」だけだと思っているなら大間違いだ。育児したい社員にはもちろん男性もいるし、ちょうど働き盛りの中間管理職の世代では、その親御さんが要介護状態となり、残業したくてもできない、という事態になることも昨今増えている。そんな社員に「じゃあウチでは残業できないとダメだから、辞めてくれ」と言い放つ組織でよいのだろうか。
そう、これからの少子高齢化、労働力減少社会では、残業に頼らない「多様な働き方」を提供でき、「決められた時間内で成果を出せる」仕組みを用意できた組織だけが勝つのだ。
育休を取得したメリットとは
ちなみに、新卒採用メディア「ジョブウェブ」が2014年度卒の就活生約350人(東大、京大、早慶など上位校中心)にリサーチした結果によると、彼らが「企業選択基準として重視する点」の中で、「ワーク・ライフ・バランス」の優先順位は、「教育・研修制度」「企業規模」、「世間の評判」、「知名度」、「安定性」といった要素より高かった、という事実もある。
しかし、現実はまだまだ理想には遠い。実際の育休取得率を男女別にみると、女性の取得率が2011年度で87.8%であるのに対し、男性はわずか2.6%だ。数字がどうこうよりも、法律で男女ともに育児休業を取得する権利を認められていながら、活用できていないこと自体に疑念を抱くべきであろう。
では、なぜ育休を取得しない、もしくはできないのか。少々前のデータになるが、内閣府男女共同参画会議少子化と男女共同参画に関する専門調査会による『両立支援・仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)推進が企業等に与える影響に関する報告書』(2006年12月)で、赤裸々な実態が報告されている。
「会社に育休制度がないから」
「仕事の都合がつかないから」
「職場に迷惑がかかる/理解が得られないから」
「昇進・昇給などに影響があるから」......
自分の人生であるにも関わらず、ここまで職場に遠慮しなければならないというのは、よく考えれば異常ではなかろうか。
一方で同レポートには、育休を取得したことで感じられたメリットについても紹介されている。このようなものだ。
「仕事の進め方について職場内で見直すきっかけになった」
「育休利用者の仕事を引き継いだ人の能力が高まった」
「各人が仕事に効率的に取り組むようになった」
「職場全体の生産性があがった」...
男性育休取得推進は「目的」ではなく、「手段」だ
これらの情報から見えてくるのは、男性育休取得推進は「目的」ではなく、「手段」であるということだ。具体的には...
●業務改善→組織力向上
男性の仕事内容は「非定型的かつ基幹的」であるケースが多いため、職場内で仕事の進め方やその配分方法を見直すなどの取組みが必要。 結果的に、育休以外でも不測の欠員等の事態にも対応しうるなど、組織のフレキシビリティが高まり、職場の危機管理能力も高まることにつながる。
●人員育成→組織力向上
休業取得者の担当していた仕事を、同職場の若手に割り振ることで、彼らにとっては能力開発、能力発揮のチャンスとなり、仕事の幅を広げる機会となり得る。育休の性質上、対応を計画的に行うことも比較的容易。社員の育児参加を進めることが、結果的に職場の業務改善のきっかけになり得る。
私自身の実感値も含めて、「男性が育休を取得しやすい」職場の共通点としては、次のような要素が挙げられる。
・職場内(上司-部下、同僚同士)のコミュニケーションが円滑
・仕事で困った時に助け合う雰囲気がある
・仕事の手順を自分で決めることができる
・仕事に必要な職業能力が明確である
・組織内で必要な情報を共有できるように工夫している
・仕事の進捗に応じて、業務配分や目標を柔軟に変更している
どうだろう。これらの要素は、特段「育休取得推進のため」というより、普通に「成果が出る組織の共通点」といってもよいものではなかろうか。ぜひ読者の皆さま方の組織においても、出来るところから着手頂き、結果として育休推進によるワーク・ライフ・バランスと業績、双方を手にして頂ければ幸いである。(新田龍)