行き過ぎた抑止策はかえって逆効果に
しかしこの問題はあっさりと終局を迎えました。社長の相談に対して顧問弁護士が、「いかに就業規則に規定があろうとも、職業選択の自由の観点から同業への転職を競業避止で訴えることは難しい」との見解を出し、「訴訟は時間とおカネの無駄。給与返還請求は場合によっては、恐喝とも取られかねない」と反対したのです。社長は納得できないながらも渋々従う以外にありませんでした。
会社が大変だったのはそれからです。給与返還請求も訴訟を起こされる心配がないことが分かった社員たちは、転職活動を始め歯が抜けるように続々辞めてしまったのです。その当時に同社で働きやはり転職した一人Mさんによれば、「Yさんの一件以来、社内は暗くなるし業績も下降線に。社員たちは、自分の自由を理不尽に奪われたような気分になって社長に愛想をつかせた」のだと。B社は倒産こそしていませんが、この一件以降人材不足で仕事が滞り規模縮小を余儀なくされて、今は細々事業を営んでいる状況と聞いています。
厳しすぎる懲罰人事を見せしめ的におこなう企業は間々ありますが、行き過ぎた抑止策はかえって逆効果になるものです。なぜなら社員は、こと人事の問題に関しては、例え他人事でも自分の身にも起こり得るものとして見ているからです。社長が特に人事問題で冷静さを失うことは大きなリスクであるとの認識をもって、慎重な対応が望まれるところです。(大関暁夫)