就業規則にある給与返還請求と「訴訟準備」をすると言い出した
社長はYさんの職種から考えて、同業に転職するに違いないと確信していました。競業避止をちらつかせれば少しは動じるだろうと思ったのでしょうが、Yさんは逆に態度を硬化させ、「失礼します」と背を向けて出て行きました。社長の一言はむしろ逆効果でした。
しかしそんなYさんの態度に、社長が抱く「裏切られた」という怒りは留まることを知りませんでした。第二のYさんを生まないためにも、会社の恩義に背を向けて辞めた者が、どういう末路を迎えるのか他の社員にも思い知らせたいと、営業社員にYさんの転職先と思しき同業をしらみつぶしにあたれと大号令をかけたのです。
1か月ほどして、Yさんの転職先が判明しました。社長の思った通り、それは同業の準大手企業でした。それを知った社長はますますヒートアップし、顧問弁護士に相談をして就業規則にある給与返還請求とそれを拒否した場合の訴訟準備をすると言い出したのです。
社長は、社内にも社員の同業他社への転職について、「うちの仕事は機密事項に溢れている。技術職の同業他社への転職は情報漏えいに等しい」と強調し、自己の正当性を主張しました。社員たちは異議を唱えるでもなく、もちろん同調するでもなく沈黙を続け、なんとも言えない異様なムードが社内を覆い始めたのでした。