「ブラック企業はもはや生き残れない」理由

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   先日「労働大学校」より招聘を頂き、研修をおこなってきた。

   そもそも労働大学校とは、労働行政運営の行政職員専用の研修施設である。当日私が担当させて頂いたのは「雇用均等行政職員専門研修」というもので、全国の雇用均等室で育児・護休業法の施行を直接担当する職員の皆さんを対象としたもの。皆さん方は普段、育児休業・介護休業に関わる労働者や事業主からの相談を受けて、指導を実際におこなっておられる。

企業における男性の育児参加推進の必要性

育児問題は重要だ
育児問題は重要だ

   私のパートにおいての要請は

「育児・介護休業法、次世代育成支援対策推進法及び関連する制度、経済情勢の変化と雇用管理の動向についての理解を深め、事業主に対して説得力のある説明・指導を行い、円滑かつ効率的に法施行業務を実施できること」

というものであったので、テーマを「企業における男性の育児参加推進の必要性」と設定。男性の育児参加促進についての民間企業の取組事例を挙げて、とくに育児期の男性のワーク・ライフ・バランスと企業経営・人材活用、男性社員の育児参加を促進することによる企業のメリット、といった内容を通して、施策についての理解を深めて頂けるような話をしてきた。

   通常はこのような研修内容が外に出ることはないのだが、これからの社会を担う皆さんにもぜひ知って頂きたい内容であるため、要点をまとめて記事として公開させて頂く。ご参照頂ければ幸いである。そこから導き出されるのは、恐らく「ブラック企業のままではこれからの世の中やっていけなくなる」という点ではなかろうか。では、はじめよう。

1:「ワーク・ライフ・バランス」への根強い誤解をとく
2:男性の育児参加を推進することのメリット
3:ワーク・ライフ・バランスを実践し、充実した人生を愉しんでいるイクメンたちの共通点
4:今日から具体的に、何をどうしていけばいいのか?

   まずは、

1:「ワーク・ライフ・バランス」への根強い誤解をとく

について、詳しくみていこう。

   私は新卒からあえてハードワークな「ブラック企業」を選ぶ人間であったので、「ワーク・ライフ・バランス」とか「自分の時間を大切にしたい」といった価値観を持つ人に対して、「この根性ナシが!!」「日本経済の足を引っ張るなよ!」などと、心底からバカにしていたものだ。

ワーク・ライフ・バランスめぐる誤解

   しかし、私自身の結婚と子供の誕生を機にその考えは180度変化し、現在はワーク・ライフ・バランスを率先して実践し、育児・家事も主体的におこなっている。そのご縁もあり、厚生労働省「イクメンプロジェクト」の推進委員も拝命している。

   さて、私自身が日々学生や若手社会人と触れ合う中で、「ワーク・ライフ・バランス」について間違った認識がまだまだ蔓延していると感じている。一般的にワーク・ライフ・バランスについては、

「仕事はそこそこにして、プライベートを充実させること」
「出産・育児する女性のための福利厚生」

といった認識を持つ人が多い。しかし、それは大いなる誤解だ。

   ワーク・ライフ・バランスは、単なる福利厚生ではないし、「周囲もやってるから、そろそろウチも...」といった雰囲気で導入するものでもない。これからの低成長&不確実な時代を生き抜いていくために必要な

「攻めの経営戦略」

なのである。

   ...とはいっても、まだまだイメージがつかない人が多いのが現状であろう。したがって今回は「もう他人事ではない...」と感じて頂くために、大局的な話から始めていきたい。国の経済発展段階からひもとき、「そもそもゲームのルールが変わったのだ」というところを知って頂こう。

   皆さんは「人口ボーナス期」「人口オーナス期」という言葉をご存知だろうか。

   「ボーナス期」とは、社会や経済が発展し、多産多死の状態から少産少子に移行する段階で現れる状態のこと。

   働く世代が増え始め労働力が豊富となる一方で、相対的に子供と高齢者が少なく、社会保障コストも少なくて済むので、国として負荷が小さく、経済発展しやすい。というか、「経済発展して当たり前」の状況だ。

   現在の中国、韓国、シンガポールやタイなどが該当する。日本は1960年代ごろからこの「ボーナス期」に入ったが、1990年代半ばで終わってしまった。しかも、この期は一度終わってしまうともう二度と来ない。

   成長期には、その国や地域の人件費の安さに惹かれ、世界中から仕事が来る。そこまでは良いが、だんだんと賃金相場は上がっていき、その地域に富裕層が生まれ、消費構造が変わっていく。人件費が比較的高騰すると、世界からは仕事が来なくなっていき、経済は停滞していく。

「経済発展しやすいルール」は、人口ボーナス期とオーナス期で異なる

   「オーナス期」の「オーナス(onus)」とは「負荷」のことだ。働く人よりも支えられる人が多くなる状態であり、労働力人口の減少もあいまって、働く世代が引退世代を支える社会保障制度の維持が困難となる。日本はオーナス期に入ってすでに20年経過し、しかも主要国の中でもっとも少子高齢化の進行が早いスピードで進んでいるところだ。

   社会構造が違うと、そこで通用するルールも変わってくる。株式会社ワーク・ライフバランスの小室淑恵氏によると、具体的にはこのように違う。


<ボーナス期に経済発展しやすいルール>
・なるべく男性が働く
→重工業の比率が高いため、体力で勝負できる男性がより求められる
・なるべく長時間働く
→均一なものをたくさん提供することで市場ニーズを満たせるため、早く安く大量に作って勝つために、成果に直結する「労働時間」を重視&評価する
・なるべく同じ条件の人を揃える。
→労働力は豊富にあるため、「転勤できる」「残業できる」といったフィルターでふるいにかけて採用。 入社後も、年次で効率的に一律管理し、出世競争に勝ち残るために必死にさせることで忠誠心を高める手法が有効。労働者は代替もできやすいので、立場は弱い。


<オーナス期に経済発展しやすいルール>
・なるべく男女ともに働く
→頭脳労働の比率が高く、かつ労働力は足りない。使える労働力はフル活用する必要がある
・なるべく短時間で働く
→時間当たりの費用が高騰している。日本人の時給は中国人の8倍、インド人の9倍。高度成長時代の「時間に担保した働き方」を踏襲しても費用に見合わない。残業に頼らず、短時間で成果を出すことで利益確保せねばならない
・なるべく違う条件の人を揃える
→モノが溢れ、「早く飽きがくる」市場。常に違う価値を、短サイクルで提供する必要がある。また、労働力は希少となり、転勤や残業可否で振るい落とすと「介護する男性」までいなくなる。「育児、介護、難病、障害は労働の障壁ではない」という労働環境整備が重要

40代の男性管理職クラスに、「親の介護」という事情が発生してきている

   高度経済成長期には「ボーナス期のルール」にしたがい、「男性正社員による長時間労働」が成功体験の源であった。その良き思い出を捨てられない日本企業では、働く女性が子供を産む(とくに「2人目以降」)選択肢が考えられなかった。それはすなわち少子化であり、「未来の労働力を増やせなかった」ということになる。

   また、その問題が目前にあったにも関わらず、「待機児童ゼロ化」に本気で取り組まなかったことで、産んだ女性が復帰できなくなり、「未来の労働力=子供」ばかりでなく、「現在の労働力=女性」さえも減らすことになってしまった。

   ただ、これでもう日本経済が終わり...というわけではない。「もう、ボーナス期の手法では成長できなくなる」、ということである。経済成長のルールが変わり、これまで知っていたベストの手法が使えないので、オーナス期のルールに合わせた対策をおこなうことが必要だ。

   昨今、ブラック企業にまつわる報道の増加を見ていると、「企業と労働者のパワーバランス」が変わりつつあると感じる。長時間労働や低賃金など、労働者にとってネガティブな状況を放置してしまうことは「どこでもやってること」から「リスク要因」となりはじめている。

   たとえば、「長時間働けない...」という状況は、育児中の女性特有の事象ではない。

   昨今では、バリバリ現役のフロントで成果を挙げている40代の男性管理職クラスに、「親の介護」という事情が発生してきている。彼らも同じく、「長時間働けない」事情を抱えた人々だ。

   これまでのように、長時間労働、強引な転勤、本質的でない目的のために頻繁な出張などが会社への忠誠心をはかる材料であり、昇進条件なのであれば、もう今後だれもその仕事を担えなくなっていくだろう。

   我々はこれからの日本を救うため、新しい働き方を実践して、ゲームチェンジャーになっていかねばならないのだ。(新田龍)<続く>


※「人口オーナス期に経済発展」についての議論は、株式会社ワーク・ライフバランス 小室淑恵氏によるプレゼンテーションを基にさせて頂いた。詳しくは、リンク先のこちらをご参照頂きたい。

新田 龍(にった・りょう)
ブラック企業アナリスト。早稲田大学卒業後、ブラック企業ランキングワースト企業で事業企画、営業管理、人事採用を歴任。現在はコンサルティング会社を経営。大企業のブラックな実態を告発し、メディアで労働・就職問題を語る。その他、高校や大学でキャリア教育の教鞭を執り、企業や官公庁における講演、研修、人材育成を通して、地道に働くひとが報われる社会を創っているところ。「人生を無駄にしない会社の選び方」(日本実業出版社)など著書多数。ブログ「ドラゴンの抽斗」。ツイッター@nittaryo
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