3か月の育児休業を取得した男性が、他の同僚と同様に昇給できなかったのは差別だとして訴えていた裁判で、男性の主張を認める判決が大阪高裁で下された。ネット上での反応を見ていると「少子化対策のためにも育休取得者に対する差別はやめるべきだ」といった声が根強く、どちらかというとこの判決を支持する人が多いように見える。
だが、結論から言えば、育休を取得してもそうでない人と同じだけの賃金の支払いを企業に強制すれば、かえって育休取得率は減り、少子化は一層進むことになる。重要な論点なので整理しておこう。
「きみ、出世する気あんの?」というオーラを…
当たり前の話だが、企業はボランティアではないので、仕事での貢献に対する対価として賃金を支払う。途中で休んだらその分はカットするのは当たり前の話だ。にもかかわらず「少子化対策のために負担しろ」なんてお上に強制されたらどうするか。最初から育休取りそうな人(主に女性)は正社員から除外し、正社員に対しては「総合職で育休なんて取るの?きみ、出世する気あんの?」というオーラを社内でぷんぷんに醸し出すことになるだろう。
実際、うちの職場がまさにそうだという人は少なくないはず。日本企業の多くは、今でも大なり小なりそんな感じであり、それが一層ひどくなるだけの話だろう。
「じゃあ少子化対策はどうするんだ」という疑問を持つ人もいるだろうが、それは政府の仕事であり、実際、育児休業給付金等で一定の下支えはしている。企業には自由な経済活動を保証しつつ、足りない部分は政府がサポートするというのが社会保障の基本であり、そういう点からも今回の判決は異様に映る。
後から頑張っていくらでも挽回できるシステムに
とはいえ、筆者は、今回の原告や裁判官が「そうはいっても数か月の育休で昇給させてもらえないのはおかしい」という疑問を持つこと自体はよくわかる。というのも、日本企業における基本給というのは毎年の昇給額を積み上げたものであり、たとえば今年生じた1万円の昇給格差は、下手をすると定年まで残る可能性すらあるからだ。そうなると(昇給するはずだった)1万円×12か月×20年といったレンジで育休のペナルティが生じる可能性もある。
さらに言えば、日本企業の多くは、直近の数期分の査定成績をもって昇格の条件としている企業が多くあり、育休に伴うマイナス査定はそちらにも響く可能性もある。要するに、ベースが「年功序列」なので、休んだ期間分の減額を受けるだけで済まずに、その後も長くチビチビとマイナス影響が残ってしまうというわけだ。筆者も、これはおかしいと思う。
だから、改善を求めるとすれば、それは企業内に色濃く残る年功序列的慣習であり、勤続年数や年齢によらず処遇を設定できる柔軟な人事制度であるはずだ。ちょうど先日、ソニーが「年功序列を廃し、役割に応じた賃金体系に移行する」方針で、近く労組と交渉に入ると複数報じられ話題となったが、まさにそれが「柔軟な人事制度」そのものである。
育休期間中もきっちり保証はされるけど、使った後の影のペナルティが怖くてなかなか使えない的なシステムより、休んだ期間中はきっちり引かれるけど、後から頑張っていくらでも挽回できるし何歳からでも出世出来ます的なシステムの方が、よほど健全だと思うのは筆者だけだろうか。(城繁幸)