食べ物のリスクを「客」に押し付けるな 「中国製・期限切れ鶏肉」問題で問われる会社の基本姿勢

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   日本マクドナルドなどの仕入れ先である中国の加工会社が、使用期限切れの鶏肉や腐った肉を使っていた件は、飲食業界に大きな衝撃を与えました。住宅用機器製造の傍らローカルのレストランチェーンを経営するK社社長は、自社で以前起きた事例を思い出したと、険しい顔で話してくれました。

「マクドナルドの件は、コスト競争の結果として安価ではあるものの、衛生面で国内産よりもはるかにリスクの高い中国産の加工肉を取り扱ったことに落とし穴があったのでしょう。当社も同じような苦い経験があります」

大手仕込みのローコスト・オペレーションを導入

安全なものを食べたいな
安全なものを食べたいな

   K社で事が起きたのは、リーマンショック後の2008年。イタリアンがメインのK社レストランに社長が掲げる店舗コンセプトは、料理、内装、サービスすべてにおいて「ちょっと上」を意識したもので、そのため周辺の同業レストランに比べると客単価は多少高めに設定されていました。それだけにややリッチな印象のK社レストランは、リーマンショックのあおりを人一倍受ける形にもなりました。

   大幅な売上の減少は、本業では安定受注が続くK社に経験したことのない危機感を与えました。飲食の現場をまとめていたのは、大手外食チェーンからのヘッドハントで1年前に入社したT常務でした。T常務は転職以来それまで収益性が低かった同社レストランに、次々と大手仕込みのローコスト・オペレーションを導入して業績進展に貢献していました。

「さらなるコストダウン策も検討して売上が戻るまで我慢を続け、売上大幅ダウンのこの危機をなんとか乗り切る手立てを考えて欲しい」

   突然の危機に際して社長の頼みの綱は、T常務の競争の激しい大手外食産業での豊富な経験と人脈以外にありません。T常務は黙ってうなずくと、「全力で取り組みます。お任せください」と答えました。

   T常務指揮の下、その後約2か月で店舗コストはさらに2割ほど下がりました。店のイメージを守るためにあえてメニュー価格は据え置いていたので、売上回復にはつながりませんでしたがコストが下がった分利益はかさ上げされ、なんとか売上減少による悪影響を最小限に抑えることに成功したかに見えていました。

「ミッション以前に大切にしなくてはいけないのはお客様だということ」

   ところが、コストが下がると同時に現場から不満の声が続々上がってきたのです。

「野菜の質が悪いとお客さまから苦情が出ている」
「魚の鮮度が落ちて、怖くてカルパッチョにできない」
「肉は筋っぽい部位が増えて、食べ残しが多くなった」

   当初常務宛に上げられていたこれらの声は、「調理方法で工夫して、この危機を乗り切れ」という常務の指導にかき消されていたのですが、ベテラン調理人が「今の運営方針下では働きたくない」と社長に退職を申し出たことで実態が社長の耳にも入ることになりました。

   社長はリーマン以降もお客さまを連れて幾度となく現場を訪れていたのですが、現場は社長来店時には仕入れた中でも特に状態の良い食材を選んで出していたので、現場の変化に気がつくことがなかったのです。

   状況説明を求める社長に対して、T常務の弁明はこうでした。

「社長からの一層のコストダウン指令を受けて、仕入先の見直しをしました。市場の売れ残りの半端モノを専門に扱う業者や肉や魚は中国の業者も使って、とにかくコストを落とすことを最優先したのです。社長からいただいた私のミッションは全うしています。あとは現場がいかに創意工夫するかの問題です」

   社長は一言、

「君は最も重要なことを忘れているよ。私からのミッション以前に大切にしなくてはいけないのはお客様だということ。コストを下げろとは言ったが、明らかに食材の鮮度が落ちることでお客さまの満足度が下がったり健康リスクが増したりするようなことは、絶対にあってはならないのは当社の常識だ。地域密着のうちは、そこを忘れたら商売にならないのだよ」

コスト削減とリスクはトレードオフの関係

   気がつけば年末商戦を前に、クリスマス・ディナー予約は前年の3分の1近くにまで落ち込んでいました。リーマンショックの影響だけでは到底説明できない状況です。「質が落ちた」という噂はすぐに広まるものです。「特別な日」のおもてなしニーズが、噂の広まりで他店に取られてしまっていたのは想像に難くないところです。

   T常務は、ほどなく自ら会社を去りました。K社は5店舗あった店を2店舗に減らし、食材の質を戻すことで時間をかけて信用力の回復に努めることで外食事業を継続しています。

「マクドナルドさんの一件を耳にした時、T元常務の考え方と同じなのかなと思いました。大手になればなるほど、目先のコスト競争や生き残り策に必死になって、いつしかお客様は遠い存在になってしまうのかなと。うちは小さなサイズに戻すことで、お客様第一の原点回帰を合言葉に出直ししました。お客様商売、特に飲食業はお客様にリスクを押し付けるようなやり方は絶対にしてはいけないと、改めて実感させられます」

   コスト削減とリスク発生はトレードオフの関係にあり、そのリスク発生が顧客に向くようなコスト削減はしてはならないのだという規模拡大時に忘れられがちなビジネスの基本を、再確認させられる一件でありました。(大関暁夫)

大関暁夫(おおぜき・あけお)
スタジオ02代表。銀行支店長、上場ベンチャー企業役員などを歴任。企業コンサルティングと事業オーナー(複合ランドリービジネス、外食産業“青山カレー工房”“熊谷かれーぱん”)の二足の草鞋で多忙な日々を過ごす。近著に「できる人だけが知っている仕事のコツと法則51」(エレファントブックス)。連載執筆にあたり経営者から若手に至るまで、仕事の悩みを募集中。趣味は70年代洋楽と中央競馬。ブログ「熊谷の社長日記」はBLOGOSにも掲載中。
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