かけがえのない会社を大切に。かけがえのない仲間を大切に…
次の瞬間、突然I部長は大粒の涙をこぼしながら、絞り出すように続けました。
「社長、私をこれまで雇っていただいて本当にありがとうございます。社長もご存じのとおり、私は今医師から長くて余命2年と言われており、それなりの覚悟もできています。残された日々の中でしたいことはと問われてもこれと言って思いつくものはなく、思い返してみれば1日の半分以上を、いや人生の大半を過ごしてきた会社でただただこれまで通りに可能な限り働きたい、T社長の下でお力になれる限り頑張りたいと思うだけです」
T社長は話に聞き入り、無言で部長をみつめました。I部長は涙声で続けます。
「自分にとっての会社の大切さ、存在の大きさが、今の私には本当に身にしみて分かったのです。本当に大切でかけがえのない、この会社、この仲間、この仕事…。皆もよくよく考えてくれるなら、きっと同じ思いになるはずです。今社長がこの会社を見捨ててしまったら、そんな僕らはどうしたらいいのですか。会社をやめにするとか、売るとか、そんな悲しいことを言わないでください。お願いです社長、それだけは撤回してください。二度と言わないでください…」
社長にも思わず熱いものがこみあげました。そしてI部長の手をとってこう言いました。
「君の気持も知らずに申し訳なかった。本当にごめんなさい。そして、そこまで会社のことを思ってくれてありがとう。君の気持ち、思いはしっかりと受け止めさせてもらったよ。経営者として未熟で申し訳ない。素直な気持ちを伝えてくれて本当にありがとう」
もちろんT社長は会社を売ろうと本気で思ったわけではないのですが、冗談にでも経営者が社員に対して言っちゃいけない一言があるということを鬼気迫る物言いのI部長に教えられた、と私に壊述してくれました。
「会社のことを本当に思っているのは自分だけだなんていうのは、経営者の思い上がり。社員には社員の会社に対する思いがある。それに気づいてあげつつ大切にしなくてはいけないと、気づかせてもらいました。本当に感謝しています」
I部長が亡くなられて4年。Y社社内には社長の発案で、部長個人名でこんな標語が掲げられています。
かけがえのない会社を大切に。かけがえのない仲間を大切に。かけがえのない仕事を大切に― I。(大関暁夫)