先日、早稲田大学大学院政治学研究科ジャーナリズムコース「ニューズライティング入門」の授業に登壇した。
日本でジャーナリストを志望する場合、本格的な教育を受ける機会といえば「メディアを持った企業に就職してOJTを受ける」ことくらいしかないのだが、同大学院は「高度専門職業人としてのジャーナリスト養成」を目的に掲げ、その実践的ノウハウを教えているのだ。
本講座を担当されている日経新聞の木村恭子氏にお声掛けを頂き、今回私は「ブラック企業から考える労働問題」をテーマにお話しさせて頂いた。受講生の皆さんも今後の就職を控え、本テーマには強い関心があったようで、熱い質疑応答が繰り広げられて実に愉しいひとときであった。皆さんには、ぜひ世界のメディアでご活躍頂き、ブラック企業撲滅を支援頂きたい。
「ブラック企業だけが非難されるべきなのか?」
講座の中で話した内容で、特に興味を持って頂いたのは「ブラック企業だけが非難されるべきなのか?」というテーマだ。もちろん、故意に法律違反し、違法状態を改めようともせず開き直っているブラック企業は問題である。しかし、問題なのはそれだけではないだろう。とくに、日々安全な場所から「ブラック企業」を叩いて溜飲を下げているネットの皆さんにはぜひ考えて頂きたいテーマなのである。
この記事でも折に触れて言及しているテーマだが、改めて「ブラック企業以外の問題」の当事者で中心となる3点を確認しておこう。
(1)労働行政や司法の問題
・70年近く前に制定された労働法規。重点指導対象は「工場労働者の安全衛生」
・「企業が人を雇用することで社会保障の一部を担い、それを行政が支援する」というスタンス。そのため、解雇規制は厳しいが、他の違反への対応は甘め
・労働基準監督署も人員不足で、対応が行き届かない
この問題では、過去にコラム欄でたとえば、「ブラック企業問題、ズバリ厚労省に聞く(上) 『労基法の遵守』はどうなっているの?」などで触れた。
(2)ユーザーや外野の問題
・「お客様は神様」という考え方を振りかざし、相応の対価も払わず、要求ばかり激しいモンスター客の存在
・安全な場所から正義感を振りかざし、「ブラック企業叩き」をおこなって溜飲を下げるだけの情弱たち
同じく当コラム欄の「『真のブラック企業』より『ワタミ』『ユニクロ』が叩かれる理由」を参照してほしい。
(3)受験者や従業員の問題
・自分が本当に大切にしたい価値観を認識できておらず、「大手だから」「周囲が薦めるから」「採用人数が多いから」といった基準で会社選び
・ブラック企業しか受からない
・嫌なら辞める自由があるのに、行動しようとしない
この視点では、「なぜブラック企業なのに辞めないのか?(上) だってやりがいを感じているから」などのコラムを過去に書いている。
「ブラックなら入らなければいい」
上記のリストのとおり、ブラック企業問題は当事者であるブラック企業のみならず、「労働環境が悪いまま、取り締まられずに放置されている」といった要因や、「ユーザーがお金に見合わない高いサービスレベルを要求することでブラック化してしまっている」といった要因も存在する。ぜひブラック企業を語るならば、そんな周辺要素にも注目しておきたいものである。
さて今回は「(3)受験者や従業員の問題」に着目したい。その中では「ブラックなら辞めればいい」という話題は以前コラムにしたので、今回は「ブラックなら入らなければいい」という切り口からお話していこう。
ここ数年、大学新卒生のうち民間企業への就職希望者は大体42万人程度で推移している。
これに対して、「就職人気企業ランキング」、「ホワイト企業ランキング」、「優良企業ランキング」などに名前を連ねる上位200社の平均的な採用総人数は約2万人程度と推定される。さらにこの枠に対し、東大・京大(0.6万人)、その他旧帝大(1.5万人)、早慶(1.8万人)、一橋・東工大・東京外語(0.5万人)の学生が殺到してくる。
すなわち、「2万人分のイスを4.4万人で争うイス取りゲーム」のようなものだ。すでに学歴という時点で、それ以外の38万人はスタート時点で差がついているといえる。この構造は、「従業員規模別の求人倍率」で見ても一目瞭然だ。「社員数5000人以上の大企業」の大卒求人倍率は0.55倍、すなわち100人の就活生に対して55人分の求人しかないが、「社員数300人未満の中小企業」だと4.52倍。100人に対し、452件もの求人が応募を待っている計算になる。
受験者の「思考パターン」「行動パターン」を見極める
求人への応募は誰でもできるが、昨今は書類選考や面接の基準も厳しくなっている。私自身、大手企業や大学職員、自治体の教員採用試験などの面接官研修に登壇することも多いのだが、そこでは面接官を務める人に「このような質問をして、受験者の資質を見極めるべきだ」とお伝えしている。
<面接の心得>
「テーマ」はなんでもよいが、受験者の「思考パターン」「行動パターン」が具体的にイメージできるまで、掘り下げた質問をして確認すべきだ
<具体的な質問例>
「○○さんが、これまでに力を入れて取り組んだことは何ですか?」の質問を基に…
・意図や価値観を確認するための質問
「なぜそのテーマを選ぼうと考えたのか?」
「どんな目的意識を持っていたのか?」
「いつまでにどうしたいという計画があったのか?」
・問題や課題への対策についての質問
「なぜその問題が起こったのか?」
「どうしてその対策を選んだ?他の選択肢は?」
「問題の真の原因は何だと考えたのか?」
「対策を成果に繋げるまでにどんなアイデアを試し、どんな試行錯誤があったのか?」
・個別の役割を確認するための質問
「○○さんの、仲間内での役割は?」
「○○さんが提案することで、何か変えたことは?」
「その場面であなたは、どう考えた/行動した?」
「なぜそう考えた/行動したのか?」
「なぜ□□役に選ばれた/やろうと思ったのか?」
「周囲の人からは、どのように見られていたか?」
・切り口を変えた質問
「この仕事をするにあたって、どんな能力が必要?」
「そういった能力をつけるために何かしていること/これからやろうと思うことは?」
どうだろう。本稿をお読み頂いているあなたは答えられるだろうか。
内定めぐるシビアな現実
昨今は受験生側でも、面接対策などの事前準備を行っている人も多いが、このような具体的な質問をどんどん繰り出されると、演出もどこかで限界が来てしまう。結局、本質で勝負するしかなくなるわけだ。
就職面接に至るまでの人生において、「目標を持って、主体的に取り組んだか」、そして「困難があってもめげずにやり抜いたか」、さらには「経験から学び、強みを普遍的に発揮できているか」が問われる。確かにそれを継続するのは大変だが、大変な思いをした人はやはり前述の「200社」に受かっているのだ。私もこれまで8年にわたって学生向けのゼミを開講し、就活を支援してきているが、得られる人は一人で複数の内定を得るし、得られない人は1社も得られていない。これはシビアだが現実に起こっていることである。
ブラック企業は、後者の弱い心に忍び込む。毎年5月下旬。大手有名一流ブランド人気企業の内々定がひととおり出そろい、そのような企業の選考にチャレンジしたが力不足で「お祈り」されてしまった就活生に。
ブラック企業は、採用の頭数さえそろえば誰でもいいのだ。入社後、仕事についてこられない者は辞めればいいと考えているから。そんな会社に限って、「書類選考ありません!」「100%面接します!」と甘い声をかける。そして面接を受けてみると、10分程度の雑談でアッサリ「内定です!ぜひあなたと一緒に働きたい!」などと言うのだ。
経験と実績を積むべく努力を
大企業に落ちて「自分の価値なんてないのかも…」と心が弱くなっている就活生に、このアクションは心地よい。ロクに考えずにブラック企業に入ってしまう瞬間である。もちろん、これは新卒採用のみならず、中途採用でも言えることだ。彼らは「経験不問!」「学歴不問!」「全部不問!」「やる気があれば!」「夢!」「希望!」「自己実現!」などといっているはずだから、分かる人には分かるはずだ。
本記事をお読みの皆さんには、そんな手口にハマらないようにして頂きたい。「ブラック企業」をディスるヒマがあるなら、ブラック企業にしか受からない自分を反省し、先述の面接を乗り越えられるだけの経験と実績を積むべく努力していこうではないか。
最後に確認だが、この場合のブラック企業とは「故意に違法状態を放置している企業」のことであり、たまに情弱たちがわめく「単にハードワークの企業」「単にプレッシャーがキツい企業」のことではない。違法状態は無くさなくてはいけないが、「多少ハードワークでプレッシャーも厳しく、世間から『ブラック企業』とも呼ばれているが、自分はそんな環境で成長したいし稼ぎたい。だからブラック企業を選ぶ」という選択肢もあってよい。その会社があなたにフィットしていて、長く勤められるようならそれでよし。
もし何かしらミスマッチがあって転職することがあったとしても、あなたのブラック企業勤務という経歴は転職市場において立派に機能することもあるだろう。(新田龍)