「どうすれば、会社のカネを見つからずに着服できるか?」
いかにも不穏な質問だが、本気で会社を不正から守りたいのであれば、経営者はこの問いについて真剣に考えなければならない。不正を犯す側の視点で、組織の弱点を定期的に洗い直す。その上で、狙われやすそうな業務のコントロールを強化する。これが、不正リスク管理の理想形だ。
「あり得ない」「まさか」は禁句
リスクを洗い直すとき、「あり得ない」「まさか」は禁句だ。経営者や管理者がそう思い込んだ瞬間に、その不正リスクは放置されてしまう。起きた後に「想定外だった」などと言い訳しても、一切通用しない。
例えば、次のような横領事件は、あなたの会社では「あり得る」だろうか?
2014年2月、農協で金融業務を担当していた50代の男性職員が約800万円を着服したとして、懲戒解雇された。彼は次のような手口を繰り返していたという。
(1)取引業者に架空の発注をして請求書を作らせる。
(2)請求書に基づいて支払い処理をする。
(3)その後「間違えて発注してしまった」と業者に連絡して、現金手渡しで返金を受ける。
(4)受け取った現金を着服する。
このような手口は「ペイアンドリターン」型の不正とも呼ばれるもので、前回取り上げた手口と同じく、何らかの発注権限をもつ社員が起こし得るものだ。会社で使う文具や消耗品の発注担当者が、納入業者にうその発注をし、支払後に取り消して自分の口座に返金を受けるという不正も実際に起きている。
これを読んで、「うちの社員がそんなことするなんてあり得ない」と思ってしまったら要注意だ。
経営者であればそう信じたいのが人情だろう。採用面接や経歴チェックを徹底的にやって「どんなときも絶対にブレない崇高な倫理観の持ち主」だけを採用できるのであれば、そう言い切れるかもしれない。しかし、残念ながら、そんな人間はめったにいない。普段は健全な判断ができる人でも、仕事や私生活で追い詰められたり、会社や社会に強い不満感を抱いてしまったり、仕事を任せきりにされて「誰も見ていない」と思ったりすれば、不正を正当化してしまうリスクがある。
「信用しつつも任せきりにしない」
もちろん、採用面接や経歴チェックをして、「相対的に」倫理観が高いと思われる人材を確保することは重要だ。その上で、会社の倫理方針を明示し、経営者自らがよき手本を示すとともに、従業員教育や人事評価にも倫理方針との一貫性をもたせる必要がある。しかし、どこまでやっても、人間の弱さ、身勝手さをゼロにすることはできないという現実を見据えなければならない。事件が起きてから「部下を信じていたのに」と嘆くようでは、管理者失格だ。
「ダブルチェックをしているのだから、まさかそんな不正は起きないだろう」という安易な発想も禁物だ。
「ダブルチェックをするルールになっている」と「本当にダブルチェックをしている」とは同じではない。横領事件の原因を探ると、「上司がチェックすることになっていたが実際には・・・・・」「小切手と印鑑は別々に保管することになっていたが・・・・・」という実態が明るみに出ることが少なくない。
「ちゃんとチェックしろよ」と言い放つだけではダメで、「ちゃんとチェックしているか」を自分の目で実際に確かめなければならない。おカネや重要情報の取扱いにおいてはトリプルチェックを徹底している会社もあると聞くが、いずれにしても、ただ伝票にチェック印を押すだけでは意味がない。
ペイアンドリターン型の不正については、発注先別の取引状況を経理部門や監査部門が細かくモニタリングすべきである。そして、取引の急増・急減、支払取消などの異常な動きを見過ごさずに、原因を調べることが必要だ。さらに、発注・支払担当者を長期間固定化しないようにすることも、不正防止には欠かせない。
経営者、管理者には、会社のかけがえのない人財を犯罪者にしてしまわないようにする重い責任がある。リスクへの感度を研ぎ澄まし、「信用しつつも任せきりにしない」管理を心掛けなければならない。(甘粕潔)