巷で聞く「ウチのMBAホルダー使えないんですけど!」という批判。目標を定めて留学して、キャリアに合ったスキルや経験を身につけ、それが組織の利益に結びつけば批判も受けないはずですが、残念ながらそうでないケースもあるようです。
私は受験期間を含めてこの3年、数百の卒業生、在校生、受験生のケースを見てきましたが、経営者として成功を収めた人、ベンチャーでイノベーションを起こしている人、組織の中枢で活躍する人がいる一方で、MBAホルダーが社長の会社が経営に行き詰ったり、スキルを活かせないままくすぶって組織を去る人もいたりします。
MBAトップスクールで落ちている「日本のプレゼンス」
第2回で書いたように、MBAトップスクールで日本のプレゼンスが落ちています。AXIOM社がこの10年間継続的に日本人留学生数を把握してきた学校ごとのデータをまとめた上でグラフにしました(図1)。2008年の入学者数が激減しているのは世界金融危機、2011年は東日本大震災の影響でしょうか。特に、派遣留学生の数は2008年を境に減っています。では、「MBA帰りが『使えない』から派遣制度を止めた、減らした」のか、それとも単純に不況や景気が影響しているのか。
日本からは、金融機関や商社、コンサルティング企業、大手製造業などが毎年数人から十数人の社員を派遣しています。また、官公庁からの公費でMBA留学する人もいます。組織の側から見れば数千万円の投資をして「将来を託して送り出す」ことですし、派遣される側から見れば「千載一遇のチャンス」です。私は会社派遣でなければMBA留学を思い立つことはなかったので派遣留学制度に「賛成」と言いたいところですが、正しくは「It depends(時と場合による)」といったところでしょう。
「自分の周囲の、ある特定のMBAホルダーが使えない」のは仕方ないこと。しかし、危険なのはその事実の積み重ねだけで「MBAは取るに値しない」と切り捨ててしまうことです。結果として、「日本だけが世界から置いていかれた」となる可能性もある。「MBAホルダーが使えない」と「MBAは取るに値しない」は、別物として捉える必要があると思います。「MBAホルダーが使えない」と言われてしまう背景には「その組織ではMBAが効果を発揮しにくい」「その人の資質が合っていなかった」「行ったMBAが悪かった」という3つの仮説が考えられます。
あなたの組織にMBAは必要ですか?
ひとつめの仮説は「その組織ではMBAが効果を発揮しにくい」です。
あなたの組織にとってMBAの知識とそれを操る人材は必要ですか?例えば、業界自体がグローバル化していて業界再編が予想されるような場合には確実に役立つでしょう。一方、業種の特性上、あまりにもドメスティックだったりローカルだったりする場合は効力を発揮する機会が限られるのではないかと思います。
卒業後、MBA生が活躍できるポジションはありますか?あるMBAホルダーが留学する前と同じ部門にいると聞き、さらにその仕事がMBAで得たスキルを使うとは思えないもので、がっかりした記憶があります。これでは辞めてしまう人がいるのも当然…。また、ミーティングで偉い人から順番に発言していって自分の意見を言う機会はほとんどない、意思決定者になるものも10年後、20年後というような「古風な日本的マネジメントスタイル」の組織風土でも能力発揮しにくいのではと推察します。
「●年以内に辞めたら学費等を返還」という縛りで引き止めを図る組織が多いようですが、経営面から見れば「お金で縛る」だけではなく「リターンを最大化するための環境に投入する」というのが当然ではないでしょうか。経営者の「見栄」や幹部候補のための「福利厚生」でやっているとすればそれは自己満足です。
二つめの仮説は「その人の資質が合っていなかった」です。
組織内選考の「狭き門」、そして困難なMBA受験を突破してくる人たちなので、志の高く優秀であると信じたいところです。が、結果として日本の組織風土にどっぷり漬かってキャリアを重ねてきたために、環境変化に馴染めず「幽学生」になってしまっている人もいるのではないかと。部屋に引きこもってみたり、ゴルフに興じてみたり、旅行で現実逃避してみたり…。
「お勉強」ができるだけでなく、アメリカ人ほか多様なクラスメイトや、今までと全く違う学び方の中に飛び込んでいける「タフさ」が重要な資質だと感じます。こう書くと、「アメリカに魂を売ったな!」と斜に構えた感想を抱く人たちもいますが、的外れです。逆に、「将来の日本のグローバル化をリードする人材」になるために「アウェーな環境で生きていけるサバイバル術」を身につけることなのだとポジティブに捉えるべきでしょう。サッカーのインテル・長友選手のように、スタジアム内外でチームメイトやファンに愛されるよう汗をかいて努力する感じですね。
MBAで「ボヤいている人」には理由がある
三つめの仮説は「行ったMBAが悪かった」です。
多くの組織で、派遣生は1年以内にテストで結果を出して受験に合格する必要があります。私費の人たちが数年かけてTOEFLを数十回受けている事例と比較すると時間が足りません。あるMBAホルダーの言葉が印象的です。「多少命を削るくらいのコミットメントが必要」。そのくらい、日本人にとってのMBA受験は困難なものです。
派遣留学制度に選ばれたことで満足していたり、仕事で忙しいと言い訳してみたり、殺人的な業務を受験中に突っ込まれたり…。結果として十分なTOEFL、GMATのスコアを得られず、印象的なエッセイを書けず、準備不足で面接に臨んで無名のMBAへ。もちろん同級生やチームメイトにも当たり外れがあり、私は他の学校の授業に出たわけではないので分かりませんが、少なくとも世界で名前が知られているようなMBAでは「勉強も課外活動もしっかりやる、人間的に優れたタレントが多い」と感じます。「チームに貢献しない奴だらけ!」「MBA、来てみたらガッカリだった…」とボヤいているのは、残念ながらそうした人材に会う環境に恵まれなかった人たちでしょう。
以上、「派遣留学が陥る3つのワナ」に照らし合わせて、どれにも当てはまらないのにやはりMBAは役に立たなかった、となったときに初めて「MBAは取るに値しないのか」を検証すべきでしょう。私にとって2年間の学びは非常に大きく、マーケティングに偏っていた知識を経営戦略、組織論、財務・会計に広げ、世界のどこでも誰とでもビジネスするコミュニケーションスキルを身につけ、それらを実際の企業とのプロジェクトで実践し、「クリエイティビティに優れた日本の広告業界のグローバル化」を突き進める準備はできたかな、と感じています。
最後に、US Newsの調査によれば、Fortune 500のCEOが「約200のMBAの学位、約140のMBA以外の大学院レベルの学位を持っている」とのことです。MBAホルダーとそうでない人の人口比を考えれば、学位の重複を考慮しても6~7割が「MBAやそれに準じる大学院の学位を持っている」というのはなかなか大きな数字で、必要なければとっくの昔に消えているのではないでしょうか。(室健)