アイスノン、ホッカイロで一世を風靡した老舗企業白元が、民事再生法の適用を申請し経営破綻しました。事業を継続しながら再生をめざすとしています。決算を粉飾していた疑いがあり、取引銀行と協議していたとする報道もありました。
今回のケースの詳細は不明ですが、一般的に、粉飾のはじめはたいてい、その時点では明確にブラックとまでは言えないグレーな対応であることが多いものです。
銀行に腹を割って相談すべきか、それとも…
もう数年前の話になります。取引先製造業R社に出向して半年の銀行OBのTさんと会食した際に、こんな打ち明け話がありました。
「当社の財務内容に、財務担当役員の進言による社長のプライベート・カンパニーを使ったごまかし経理処理があることを最近知りました。銀行員的な発想からは、ごまかしが大きくならないうちに銀行に正直に話し協力を得てきれいにした方がいいと思っているのですが、お世話になっている出向先企業の一員としては果たしてそれが正しい選択なのか、悩ましく思っています」
ごまかしの内容は、一時的な増加運転資金発生による月末の支払資金ショートを、銀行がその存在を知らないプライベート・カンパニーが製品を形式上購入することで、売上入金までの間、資金供給するつなぎ役を務めていたというものでした。「不正」や「粉飾」とまではいかないものの、「化粧」とは言える対処ではありました。一回のことならば一時的な問題としてやり過ごしていくこともできそうでしたが、これが度重なると後戻りのできない状況にも陥りかねないリスクが感じられました。R社のそんなリスクは、同様の事態が来月にも再度起きかねなかったことから一層感じさせられたのです。
社長がつなぎ資金の件を銀行に相談せず、財務担当役員の進言を受け入れたのには理由がありました。翌年度に予定している同社の一大投資、新工場の建設をスムーズにすすめるためには銀行の協力が不可欠で、それが故に今は銀行に悪い印象を与えたくないのだと。半年ほど前にTさんを銀行から初めての出向者として迎え入れたのも、幹部人材補強と言うよりも銀行との良好な関係を強化したいとの思いがそうさせたのであり、そんな努力を無にしないためにもある程度の「化粧」は許容範囲であるとの判断によるものだったのです。
Tさんは銀行に腹を割って相談すべきと思ったのですが、心配は社長に進言して受け入れられなかった場合のことでした。社長との関係が気まずくなり会社に居づらくなって銀行に戻されでもしたら、会社と銀行の関係にマイナスになりはしないか。あるいは、もし銀行に今回のことを黙っていて後々知れることになったらいろいろ誤解も生じかねず、その方が銀行の印象がかえって悪くなり工場計画に支障が出るのではないか、等々。
「正直が一番強い」
私は細かい社内状況は分からなかったので、Tさんに1点だけ提案をしました。
「社長には具体的な進言ではなく、銀行に黙って同じやり方をすることに罪悪感や後ろめたさがないか、そこを聞いてみませんか。できれば、このやり方に慣れっこにならないうちにすぐに。もし少しでもし後ろめたさがあるのなら、Tさんが社長と一緒に銀行を訪ねて事情をすべてお話しして、今後同様のケースが発生した時の協力要請をしたらどうでしょう」
Tさんは悩んだ末に社長に話をします。社長は「ほんのわずかではあるが、銀行に事実をすべて話してはいない心苦しさはある」と返答したそうです。これを受けてTさんは銀行への状況説明と協力要請を進言したものの、財務担当役員をはじめ社長周辺は「Tさんは銀行の立場でものを言っている」と反対し、Tさんが社内に居づらくなる場面もあったとか。しかし、最後は社長が決断してくれたそうです。銀行は社長の真摯な説明に理解を示し、当座貸越枠を設定してつなぎ資金に協力姿勢を示してくれ事なきを得たのでした。
社長は決断の理由をこう説明してくれたそうです。
「結論は、私が尊敬する経営者が言っていた言葉に従いました。私がTさんに言われて感じたわずかな後ろめたさは小さなウソがもたらしたもの。そう、経営者はこう言いました。小さな見栄や小さなウソは、それを守るためにやがて大きなウソにつながる。大きなウソはそれを守るために大きな罪を犯しがちだ。だからはじめから『正直が一番強い』とね」
R社はその後、銀行の協力の下、無事新工場が稼働。今では業界トップレベルの業績で成長を続けています。
白元の粉飾も些細なウソが発端だったのかもしれないと思うにつけ、こんなR社の一件を思い出しました。企業の天国と地獄の分かれ道は、経営者が些細な見栄やウソに目をつぶるかつぶらないかにあったりするのです。止むに止まれず見栄を張ったりウソをつきたい衝動にかられたりすることも多い社長という商売ですが、『正直が一番強い』はすべての経営者が場面場面で肝に銘じるべき大切な指針であると思います。(大関暁夫)