50代で急逝した建設関連会社C社二代目社長の後を継いだ義弟F社長。業績芳しくない中、前社長夫人からの株の買い取り依頼を想定して、会社の資産を関連会社名義に移すなどして一株の価値を下げ、譲渡は大モメにモメました。明らかにF社長側のやり方は信義則違反だったものの、世間体もあり「訴えを起こしてまで、騒ぎたくない」という夫人の泣き寝入りで、F社長の思惑通りに。しかしB社はその3年後に清算の憂き目に会いました。
受注先のモデル変更で大量の不良在庫を抱え、財務内容が急激に悪化した精密部品メーカーE社。「在庫を他社販売見込みがあるとすれば、価値ある物として資産計上できる」という会計士の資格を持つ役員のグレーな助言に、「販売可能性はゼロじゃない」との無理な独断に基づき粉飾まがいの決算処理をします。銀行には真実を隠したまま事業を継続。E社は結局その約1年後に資金繰りが行き詰って、民事再生の申請に至りました。
「反則すれすれのところで戦う」
これらは、元コカコーラ社長のドナルド・R・キーオ氏が、著書『ビジネスで失敗する人の10の法則』の中であげている法則、「反則すれすれのところで戦う」に該当する、私の身近なところで起きた実例です。なぜ彼らの企業が事業破たんに至ったのか。キーオ氏は著作の中でこう言っています、経営者が「これは正しいことなのか否か」と自問自答していた習慣が、何かのキッカケで我欲が働き「これは合法なのか否か」に変化し、さらには「これはバレないか否か」に変質すると。そして最後は悲劇になる。キッカケはたいてい、業績の低迷によるキャッシュフロー確保など目先の保身です。F社もE社もそうでした。
昨秋、複数年にわたりお手伝いをしてきたクライアント企業B社社長から、突然メールで契約更新まで4か月を残しての「契約中断」の申し出がありました。もともとコミュニケーションによる「見える化」下手の社長。社内整備を進めていく中で制度的な部分の整備は一段落しましたが、社長自身に問題ありで風通しが悪い社内の改善に取り組んでいる最中でした。「契約中断」の理由は明快でした。訳あっての売上ダウンです。物理的な社内整備に目途が立ったので、売上ダウンの状況下で月々の弊社に支払う出費を抑えたいと考えたのでしょう。個別企業の事情ですからそれは構いません。問題はやり方です。
私は売上ダウンの話は聞いていましたから、申し出自体はさほど意外性のあるものではありませんでした。しかしあまりに唐突にかつ一方的なメール通知で、しかも「契約解除」ではなく4か月を残しての「契約中断」という異例の申し出であったことに面喰いました。本来であるなら事前相談があるのは当然の礼儀でもありますが、残り4か月での「契約中断」はどうみても契約満了まで再開の見通しのない「中断」であり、「契約解除」を申し出て再開の折に新規契約をするのが常識でしょう。彼の行動からは、「中断」により「解約」ペナルティを避けたいと言う薄っぺらな狙いが透けて見えました(実際には実質解約なのでペナルティは課されるのですが)。事前に相談をすれば済むことなのにおかしなやり方をしてしまう。このことは、企業コンサルタントの立場から見て大変懸念される行動でありました。
ルール違反やモラル違反の誘惑
実はB社では少し前にこんなこともありました。売上ダウンの最中、ポッと出の同業ライバル企業に大手先からの受注をさらわれ、社長はかなりイラついていました。彼はそのライバル企業の弱点を知りたいと、企業調査レポートを有料で購入します。そこでライバル社が借入過多で苦しんでいることをつかむと、彼は「業界筋から小耳にはさんだのですが…」とその情報を発注元大手企業の担当者に耳打ちしたのです。担当者は「そりゃまずい。発注先になにかあったらこちらも困る。貴重な情報をありがとう」と感謝されたと、得意顔で話していました。感心しないやり方での受注の揺り戻し狙いが透けて見えます。その話を聞いた私は、「そのやり方は信義則に反する」と言ったのですが、真剣に取り合う風はありませんでした。
この一件と弊社の件の二つに共通することは、まさにキーオ氏が言うところの「反則すれすれで戦う」です。この二つのケースから分かることは、売上ダウンの中でB社社長の頭の中にある行動基準に「これは正しいことなのか否か」は既になく、「これは合法なのか否か」から「これは、バレないか否か」に移行しつつある状況なのです。このままでは、過去の「反則すれすれで戦う」企業がそうであったように、「貧すれば貪する」がやがて「貧すれば鈍する」となり、ブラックではない企業もこうして、グレーやブラックに変質していくのです。B社もまた同じように悲劇への道をたどってしまうのでしょうか。
企業活動には最低限の暗黙ルールやモラルが存在します。もちろん、企業が好調な時には全く気になることもなくあたり前のこととして守られるルールやモラルですが、少し調子が悪くなると「合法と主張できればいいだろう」「バレなければいいだろう」とルール違反やモラル違反の誘惑が出てくるのです。一度犯してそれがバレなければ、気づかぬうちに判断基準そのものが変質してしまうことも間々あることで、企業破たんは経営者の判断基準変質の延長線上にいとも簡単にやってきます。B社社長にはなんとしても今の過ちに気づかせたい、私は切にそう思っています。(大関暁夫)