「今回の事件の原因は何だとお考えですか?」「被害者への対応はどうなっていますか?」「責任はどう取るつもりですか?」「周辺の水道水に影響はないと言い切れますか?」
矢継ぎ早に問いかけられる質問。これはLeadership Crisis Challengeというケースコンペティションでのひとコマ。ある飲料メーカーが地元の地下水を汲み上げて販売しているミネラルウォーターを飲んだ住民が、相次いで体調不良を訴えて入院してしまったという架空のストーリーのもと、このメーカーがどのように対応すべきか記者会見の原稿を描き、実際のジャーナリストを前にプレゼンするというコンペでした。毎年テーマは異なりますが、学生の半分以上が参加するミシガン大学MBAで最大規模の名物ケースコンペティションとなっています。
経営者たるもの、常にクライシスに敏感であれ!
私自身、「企業」のブランドやレピュテーション(評判)をどう維持・向上するかという仕事をしていたことがあって、こうしたクライシス対応に関するクライアントへのコンサルテーションを行っていました。しかし!英語でのプレゼンですら何とか乗り切っている状態なのに、本職のジャーナリストからの英語での質疑応答はハイスピード過ぎてしどろもどろでした。結果は、予選を勝ち抜いたものの、本選でお立ち台に上がることはできませんでした。
重要なのは、このコンペにとどまらず、様々な授業で、「クライシスにセンシティブであれ」「クライシスマネジメントを標準スキルとして身につけよ」という教育が「利益の生み出し方」と同等、あるいはそれ以上に徹底されていることです。例えばG. Meyers教授の「Business Leadership in Changing Times」では、毎週100ページ以上の記事を読んでその企業に起こったクライシスとその対応を分析。自分たちならこう対処するというプレゼンテーションを行い、アナリスト・ジャーナリスト・競合他社・顧客・従業員に扮したクラスメートからの質問に答えていき、最後に当該企業の経営幹部がフィードバックとレクチャーを行います。私の日本的感覚だと「これってクライシス?」と思ってしまうような事象でも、アメリカ人のチームメンバーは「いやいや、マズイでしょ」と深刻な顔をしているし、経営者は「本当にあの時は大変だったんだよ…」と言ってエピソードを語る。
クライシスは経営と組織を見つめ直すチャンスである
ある授業で教授が「クライシスは漢字で『危機』と書く。クライシスはチャンスにもなりうるという意味を持っている」という話をしました。つまり「危機とは組織を破壊する出来事」ではなく「組織が良い方向に行くか、悪い方向に行くかの重要なターニングポイントとなる」ということです。マーケットで起きていること以外に経営で意識すべきことを説く「Non-Market Strategy」という授業では、T. Lyon教授が「クライシスマネジメントは経営戦略の一部として捉えるべきである」「クライシスは経営と組織を試し、学びの機会を与え、社会におけるレピュテーションを構築する」と語ります。さて、日本の私たちはこの意味を的確に捉え、個人・組織の防衛にとどまらず危機をチャンスに変えることができているでしょうか?
以下、T. Lyon教授の授業の一部を紹介しながら、クライシスマネジメントについて考えます。分かりやすくするために、「研究不正が持ち上がった際のクライシス対応」を当てはめてみましょう。
(1)全体像を捉えよ~4つの「I」
クライシスをその場しのぎの対症療法にしないために、包括的な全体像を捉えるために有効なのが4つの「I」です(D. Baron著 "Business and Its Environment"より)。ひとつめは「Issues」。「研究不正は本当にあったのか?」「あったとすればそれは個人の問題なのか、部門や組織全体に関わる問題なのか?」など、何が問題になっているかを考えます。ふたつめは「Interest」。どんな利害関係が存在するか?「関係者の処遇」「新発見に関する利権」「科学研究に対する信頼性」などが挙げられるでしょう。次は「Institutions」。個人、共同研究者、組織だけでなく、マスメディア、ソーシャルメディア、科学者コミュニティ、立法・規制機関、生活者、投資家まで、どのような組織が関わっているかを洗い出しましょう。最後は「Information」。「データの信頼性を疑うソーシャルメディアでの議論」「それをマスメディアが取り上げニュース・記事化」など、手元にある情報だけでなくマスメディア・ソーシャルメディアで何が話題になっているのか収集します。
シナリオ、そして戦略へ。反応を予測せよ!
(2)シナリオを描こう
「成果は華々しいが、いくつか疑問点が存在する」「ソーシャルメディアで議論を呼んでいる」といった「Pre Crisis」の段階から今後どうなっていくのか複数のシナリオを予測することが大切。「Crisis」の段階では「問題が発生してからの個人・組織の対応は正しいのか?」「組織防衛に走って真の原因追及に向かっていないのではないか?」といった議論が起こりそうです。最後に、「Post Crisis」段階では「(不正があったとすれば)落とし前の付け方は正しいのか?」「再発防止策は十分か?」といった点が問われるでしょう。
(3)シナリオをベースに戦略を構築する
「Pre Crisis」では「Prevention」と「Preparation」が重要です。「その組織は研究不正を防ぐ手立てを持っていたのか?」「その組織は研究不正が引き起こすクライシスに対応するプロトコルを準備していたのか?」。これらがない組織では、クライシス対応が対症療法になってしまって本質的な解決に結びつかず、ダメージが深刻化するケースが多いです。「Crisis」においては、「Identification」と「Solution」が肝要。「問題を引き起こした真の原因は何だったのか?」「今回の問題についての最終的な対応策と再発防止策は?」ここでは、一時の対症療法ではなくシステムとしての解決策が取られているかが決め手となります。「Post Crisis」は「Learning」と「Recovery」。「再発防止策がどう組織で実行されているのか?」「組織のメンバーの日々の仕事の進め方はどう変わったのか?」をどう社会に示し、納得してもらうかがレピュテーション回復のカギとなります。
組織はその場しのぎのクライシス対応ではなくシナリオに基づいた戦略を立てて臨むべきで、メディアや生活者は「目を引く見出し」に紛らわされることなく本質を捉えられるようになると良いなあ、とアメリカから願っています。(室健)