コンプライアンスに関して世間の目が厳しくなり、企業側もワーク・ライフ・バランスに配慮していることをPRするようになった。「残業野放し状態」から「極力残業しないように」と意識づけをはじめた会社も目立ってきたようだ。実に良いことである。
私とて単にブラック企業を一方的に批判して終わり、というわけではなく、「地道に働く人が報われる」労働環境を実現したいという思いで様々な提言やアドバイスをおこなっている。先般も、中小零細企業の経営者が集まるとある会合で、皆さまから以下のようなグチをお聴きしたばかりだ。
「守れない」のではない。「守る気がないだけ」
「ウチの社員はやる気があるんだよ。残業を強制してるわけじゃないのに、社員たちは自主的に遅くまで仕事してるんだ!」
「実際、社員からは何の不満も出てないんだから、今のままでも別に問題ないんじゃないの!?」
「労基法なんて全部が全部守ってられないよ!バカ正直に守ったばかりに、会社がつぶれちゃったら意味ないでしょ」
私だって経営者の端くれだから、皆さまのお気持ちはよーく分かる。
…しかし、結論からいうと、それではダメなのだ。法律は遵守せねばならない。
実際、法の制約は厳しいし、守るべきことは多い。キチンと運用していけば、法律を守ってない会社に比べて当然お金もかかるだろう(もちろん、その状態が普通のはずなのだが…)。
では、本当に企業は労基法を守れないのだろうか?正直に守った会社はつぶれてしまうのだろうか?
答えは「否」だ。「守れない」のではない。「守る気がないだけ」だ。
「労基法が企業を守る」とは?
労基法を順守して会社運営することを「社員への施し」かのように考えている経営者が多いかもしれないが、彼らは今すぐ視点を改めるべきである。労基法は「従業員のため」のものであると同時に「ちゃんと守っている企業のため」でもあるのだから。
「労基法が企業を守る」というと、不思議に聴こえるだろうか?でも、本当の話だ。
不祥事や業績悪化などで世の中から消え去っていく会社は、だいたい違法企業である。
長期的に考えれば、法を遵守することで次のようなメリットがあるといえる。
・従業員が職場環境に満足し、不満を抱くことが少なくなる。相対的に、悪意を持った従業員が減る
・適法に運営されているので、仮に悪意のある従業員がいたとしても、彼らに会社を非難する材料を与えない。内部告発を恐れることもなくなる
・労基署や税務署など、当局がいつどのような調査に訪れようが、法を守っていれば何らやましい気持ちを抱く必要はなくなる
・それどころか、法を守って従業員を大切にしている企業にはさまざまな公的助成金が用意されていて、受給することができる
・従業員ばかりでなく、取引先からの信用も増す
・そこまで徹底していれば、万一業績が悪化して、従業員に負担を求めることがあったとしても、彼らはむしろ会社側の立場に立って協力してくれるようになる
・たとえば「給与減額」、「就業規則変更」などは従業員の納得が不可欠だ。それがスムースに進む可能性があるし、最悪の場合、整理解雇も納得の上で進められることになり得る
できるところからでも改善を施していくべき
労基法を守り、なおかつ余裕で利益を出し、企業を存続させるのが本来あるべき「経営」の姿だ。それが充分にできない人間は、そもそも経営者失格といってよかろう。
労基法違反は刑事罰である。すなわち、「労基法を守れなくても仕方がない」と言い放ってしまうということは、経営者自ら「当社は違法企業です」と公言していることと同様である。
会社説明会で「当社は働きやすい環境です」などとさんざん耳に聞こえのいいことを吹聴しておきながら、実際は目標数字を追うためにギスギスした雰囲気で、残業代もロクに払わない、といった会社は多い。そんな会社がやっているのは「事実と異なる情報を流布して意思決定させる」という「詐欺」であり、「従業員の残業代を着服している」という「窃盗」である。
違法状態があることを知りながら放置している会社は、まさに「犯罪推進企業」であることを肝に銘じ、できるところからでも改善を施していくべきなのである。(新田龍)