東証1部上場企業の子会社で、ネットワーク総合サービスを提供するA社(ジャスダック上場)において、労務費をプロジェクト間で付け替えるなどして利益を水増しする不正が行われていた。
不正操作が行われていたのは、地方自治体や学校などにサービスを提供する公共営業部門。複数の課長が部下に指示して行わせていたが、その課長たちは、公共営業部長Bからの強いプレッシャーにさらされていた。
部下に不正を強いるのは「単なる自己保身」
調査委員会の報告書は、Bは「課長に対して、事前の申告数値よりも低い数値で着地することを許さず、説教や叱責をして課長らを精神的に疲弊させた。そして『何とかしろ』『おまえら3人で考えろ』などと突き放す発言をして、費用の不正な付け替えを続けざるを得ないような状況に部下を追い込んでいった」と指摘している。Bが社内で「公共ビジネスの第一人者」と評価されていたことも、プレッシャーをさらに強めたのだろう。
Bは「架空の時間入力を指示したことは一度もない」と主張したようだが、ある意味では「時間を改ざんしろ」とあからさまに命令するよりも不誠実な行為といえる。報告書には、業績に対する責任感から部下に数値目標達成の強いプレッシャーをかけたと、Bの立場に理解を示すような記述もあるが、部下に不正を強いるのは責任感にあらず。単なる自己保身であり、このような上司の姿勢は、不正リスクを格段に高める。
上司の姿勢という点では、Bの後任として親会社から出向したCの責任も重い。Cは、着任してすぐに、課長から「不正が行われており、Bも把握しているはず」との報告を受けたにもかかわらず、事実確認や親会社への報告などを怠り、自らもずるずると不正を黙認してしまった。
機能しなかった「人事異動による発見」
人事異動による不正防止・発見は内部統制でも重視されており、A社でも不正発見の好機となったのだが、残念ながらCはそれを台無しにしてしまった。「もはや管理監督者としての役割を放棄(報告書)」したと指摘されても仕方がない。
着任早々に不正を摘発し是正していれば、Cはむしろ功績を認められたはずなのに、第一人者であるBと対立したくない、やっかいなことに巻き込まれたくないという自己保身の本能が働いてしまったのだろうか。
多数の従業員が日々複数のプロジェクトに関わるような状況では、誰が、何時間、どのプロジェクトの業務に従事したかを明確にし、労務費を正確に割り当てるのは容易ではなく、常に入力ミスや不正入力のリスクがある。
A社では、各担当者が原価計算システムの日報に入力する作業時間をもとにプロジェクト毎の労務費を算出する。しかし、日報の数字は勤怠管理システムと連動しておらず、各自が随意に割り振るため、労務費を操作することができた。また、入力は毎日行う決まりにはなってはいたが、システム上の制限はなく、月末にまとめて入力することも多かったようだ。そんな状況では、日々の作業時間の記憶はあいまいになって、自ずと数合わせが横行しやすい状況になってしまうだろう。
また、社内の第一人者であり部長として強い権限ももつBには、部下に陰湿なプレッシャーをかける「機会」が備わっていたといえるだろう。たとえ周囲の者が「おかしい」と思ったとしても、Bに遠慮して声を上げることができなかったのかもしれない。「やり手社員」を放任状態にすることの怖さは、過去の多くの不祥事例からも明らかだ。
「嘘はやめよう。子供が真似して嘘をつく」
しかも、Bには2006年にも同じような不正操作を部下に指示し、降格処分を受けた前歴があった。そのような者に再び同部門の部長職を任せてしまったA社および親会社の経営陣にも今回の不祥事を招いた責任があるといえるだろう。
鉛筆をなめて数字をいじれる状況にある者が、目標達成の強いプレッシャーにさらされれば、当然数値改ざんのリスクは高まる。その上、部長職にある者が過去に自ら原価付替えを行いながら、厳しい処分もなく再び部長職に返り咲いているのであれば、不正への抵抗感は徐々に麻痺してしまうだろう。
「嘘はやめよう。子供が真似して嘘をつく」
たまたま見かけた日めくりカレンダーにこんな教訓が書いてあった。これは、上司と部下の関係にもあてはまる。人の上に立つ者が誠実な行動を貫けなければ、不正防止のためのどんな仕組みも形骸化してしまうということを改めて痛感させられる。(甘粕潔)