先日、フジテレビの朝の情報番組「ノンストップ!」(2014年4月2日放送)でブラック企業特集が組まれ、私も専門家として出演・解説させて頂いた。
その中で、大手企業が中高年を追い込んで退職させるリストラ手法の一環として「突き落とし」なる手口が紹介された。放送時間の都合上、番組中ではその背景や、そんな面倒なやりかたをあえて採る理由についてあまり詳しく説明できなかったので、こちらで詳説させて頂きたい。
労働法を熟知し、順法を装って社員を追い込む
まず背景として、最近のブラック企業、とくに大手でコンプライアンスが厳しく問われるところほど、リストラの手口はより巧妙になっている。労働法を熟知し、順法を装って社員を追い込むケースがあるのだ。会社が法律に関して無知で、明らかな違反をしている場合はまだ裁判などで闘える余地があるのだが、昨今のケースでは裁判所でも適法と認められたものがあり、対処がより難しくなってきている。
そもそも「リストラ」というのは、社員をクビにするための手段である。
ドラマやマンガでは、ヘマをやらかした社員やたてつく社員に対して上司が「お前はクビだ!」などと叫ぶ場面が出てくるが、これを実社会でやってしまうと即アウトなのである。
この場合の「クビ」というのは、法律的には「普通解雇」、「整理解雇」、「懲戒解雇」などと分類されるが、いずれにしても労働契約法によって
「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして無効とする」
と規定されており、裁判の判例でも「客観的で合理的な理由がない」場合は解雇権の濫用として、解雇が無効になっている。「合理的な理由」とは、具体的には次のような点である。
「解雇」ではなく「退職勧奨」
(1)人員整理の必要性
解雇を行うには、相当の経営上の必要性が認められなければならない。つまり、経営危機下でなければ認められないということだ。
(2)解雇回避努力義務の履行
正社員の解雇は「最後の手段」であり、その前に役員報酬の削減、新規採用の抑制、希望退職者の募集、配置転換、出向等によって、整理解雇を回避するための相当の経営努力がなされ、「もう解雇以外に手立てがない」と判断される必要があるのだ。
(3)被解雇者選定の合理性
人選基準が合理的で、具体的人選も公平でなければならない。辞めさせたいヤツを名指しすることはできないというわけだ。
(4)手続の妥当性
事前の説明・協議があり、納得を得るための手順を踏んでいなくてはいけない。
でも、実際にリストラは実行できている。そのカラクリは、「解雇」ではなく「退職勧奨」をしている、という点にあるのだ。
退職勧奨とは社員に「辞めろ!」と迫るのではなく、「今辞めると、これだけのメリットがあるよ」といって、文字通り「退職を促す」ことをいう。会社からの一方的な処分ではなく、本人の合意があって成立するものであるから、違法性はない。
しかも解雇の場合は上記の要件から「名指し」ではできないが、退職勧奨の場合「適正に下された低評価」をもとにおこなわれることは合法なのだ。したがって、しかるべき評価制度がもともと設けられていて、その結果として「キミは業績が悪いから、勧奨の対象になっているんだよ」と告げるのは違法ではない、ということなのである。
問題になるのは、「本人が退職を断った後も、執拗に退職を迫る」といった行為があった場合だ。これは違法となる。一般的に、「人事評価をもとに退職勧奨するのは可能だが、労働者側に応じる義務はない」。また、退職勧奨から解雇に発展する場合でも、「能力不足を理由に直ちに解雇することは認められない」、というのが法的な解釈である。
何が裁判官を納得させたのか
しかし、「改善指導しても是正されず、業務に支障が出ている」と判断されれば話は別となる。ブラック企業はその判例を悪用して、ターゲットになった社員を追い込んでいくのだ。
そこには綿密に練られたしくみと布石があり、仮に裁判に持ち込まれたとしても負けない形になっている。事実、日本IBMが2008年におこなったリストラで「退職を執拗に迫られた」として社員が同社を訴えた裁判があったが、先ごろ東京地裁の判断で「違法性はない」と判断された。そして、その判決が出て以降、さまざまな大手企業でも、同様のリストラ手法がとられたことが明らかになっている。
では、何が裁判官を納得させたのか。具体的には以下のとおりである。
(1)「職種別採用」をおこない、「職務給」で運用する
これは、日本式の「総合職採用」をおこない、「職能給」で運用するのとは真逆のやり方だ。すなわち、採用時に業務内容を明示し、「この仕事ができる能力を持っている人を採用する」として、業績に応じた待遇と、諸条件なども細かく書面化して説明し、合意をとっておくのだ。合意があったうえでの判断となれば、問題になりにくい。
(2)充分な「退職パッケージ」と「支援プログラム」を準備する
対象者に対して何らの支援策がない状態での退職勧奨は「強要」と判断される可能性があるが、「業績が芳しくないこの状況のままでは問題がある」と説明責任を果たし、「改善するための再教育プログラム」等が存在し、それを受ける機会があり、結果として業績が改善する可能性があれば、企業側として「回避努力」をしたことになるのだ。これは、「割増退職金」や「再就職支援」といった退職支援プログラムを会社側が用意することでも同様の判断となる。
(3)説明責任を果たす
上記(1)(2)といった諸制度、諸条件が揃った上で、対象社員に対して説明がなされれば問題ない。具体的には、「会社の経営環境」「当該社員の業績」「当該業績が、所属部署や他メンバーに与える影響」「在籍し続ける場合のデメリット」(引き続きプレッシャーが与えられるぞ、など)「退職する場合のメリット」(今なら充実した退職者支援を受けられるぞ、など)といった情報を伝え、一定の検討期間を設け、意思確認をする、という手続きを踏むことである。
「サッサとサインする」か「徹底的に争う」か
たとえ強力なプレッシャーをもって退職勧奨をしたとしても、「会社が退職回避策を講じていた」と判断されれば、合法になってしまうのである。退職勧奨の場に同席していなかった裁判官にとって、会社からどんな説得が行われたかは知る由がないし、それによって対象社員がどれほどの精神的苦痛を得たかは判断が難しいからだ。
具体的には、「明確な職務規定を設け」「双方合意の上で入社し」「客観的な評価基準のもとで低評価となり」「改善プログラムを受ける機会があり」「受けたが改善せず」「退職プログラムがあり」「それに応募する機会があり」「詳細な説明をおこなった」という事実が存在していればよい。
その前提があれば、かなり執拗に退職を迫ったとしても、そして「合意しないなら退職金は1円も支給せずに解雇だ」と言ったとしても、会社側は「がんばって解雇を回避した」し、「正当な退職勧奨の一環」であり、「解雇は根拠のある正当なものだ」と主張できてしまうのである。
このような退職勧奨を受ける社員側にとって、とれる態度は次の二つである。
「いずれ辞めるのなら、条件が良いうちにサッサと合意して退職願にサインしてしまう」か、「会社のやり方は違法だ!と徹底的に争う」か。しかし残念ながら後者の場合、1年以上の裁判期間に加え、数十万円の裁判費用も時間もエネルギーも費やしてしまうし、勝ったとしても賠償金は弁護士報酬に消え、会社に居られるのも次のリストラまでのハナシだ。
結局、いずれのタイミングには会社の方針に沿った結果になってしまうことになる可能性が高い。「それでもやる!」という場合は、勧奨までの経緯を仔細にわたってメモし、その様子をICレコーダーなどで録音して違法性の記録としておくことである。(新田龍)