「話し相手が欲しいんだよ」
お店はアルバイトの女性が2人いましたが、切り盛り役は60代半ばのママです。ママは若い頃ならそれなりの美人であったろうとは思われるものの、確かに社長が入れ込むような対象にはおよそ成り得ない印象で、私の疑いは一瞬にして晴れました(ご本人には無礼な物言いですが)。社長はいつもカウンターの指定席に座ってカラオケをするでもなく、ノンアルコールの飲み物を片手にママと小一時間話をして帰るということでした。
それにしても分からないのは、お酒も飲まないカラオケもしない社長がなぜ足繁くこの店に通うのかでした。真面目な社長は、既に疑いが晴れてはいても身の潔白を強調すべく心中を包み隠さず話してくれました。
「話し相手が欲しいんだよ。いや、話し相手というより上手な聞き役かな。社長が社員に愚痴めいた話を聞かせるわけにはいかないだろ。そうかと言って、女房は共同生活者だから、変なことを言えば冷静さを失って余計な心配をかけることになるしね。この席でこうやってママを相手にいろいろ普段口にできないことを話すことで、課題の整理やこれからどうしていくべきかとか、自分の頭の中もスッキリ整理されるんだよ」
私は俗に言われる「社長の孤独」を目の当たりにした気がしました。デフレ不況下で社用族が激減し東京の銀座界隈で閉店を余儀なくされるクラブ系飲食店が多い中、それなりの教養を備えたママが運営する経営者御用達の高級店ほど経営は安定しているという話を聞いたことがあります。なるほど、銀座の高級クラブに限らず聞き役になってくれる聞き上手のママがいるお店はどこの街でも、世の社長さん方の「孤独」癒しの場として活用されているということなのでしょう。