空調・電気設備機器の販売、据付工事などを手掛ける上場企業A社において、多数の営業担当社員が不正を繰り返していたことが判明。社内調査委員会の報告書が公表された。最長10年にわたって計111人もの社員が関与しており、支店内で「役割分担」までして不正を繰り返していた者もいた。経営陣の関与はなかったというが、会社の管理態勢や社内風土が根本から問われる一大事である。
調査報告書には、4種類の手口が示されているが、最も多かったのは、営業担当者が据付工事などの外注先と共謀して行った架空発注&キックバック受領である。関与者数は66人、着服合計額は8億円を超える。
「会社のためのねん出」からエスカレート
この不正、キーワードは「自腹」だ。A社の主な顧客は、商業施設、ホテル、学校、病院などで、接待攻勢によって顧客をつなぎとめようとする営業スタイルが根付いていた。当然、一定の接待費枠はあったが、決裁者の事前承認が必要で、現場では経費節減を気にして申請しにくい雰囲気もあったようだ。
そんな中、営業成績を上げるために自腹を切ってでも得意先を接待する社員が少なからずいて、自己負担分を取り返そうと、据付工事の下請業者に水増し請求をさせてキックバックを得るようになったのが一連の不正の発端となった。「会社のために自腹で接待したんだから、その分を会社からもらってもいい」と、不正を正当化したのだろう。実際、調査委員会の事情聴取を受けた社員の中には「私的な目的ではないなどとして、必ずしも反省しているとは考え難い者も散見された」そうである。
しかし、一度うまくいってしまうと、つい欲張りになるのが人間の性である。「会社のための交際費ねん出だ」という正当化がいつしか「日々身を粉にしてがんばっている自分たちへのご褒美だ」となり、終業後の慰労代→社員同士の飲食代→個人の飲み食いや遊興費へと不正の目的がエスカレートしていった。ここまでくれば、まぎれもなく詐欺・横領という犯罪行為だ。
上司がキックバックのやり方を紹介する始末
しまいには、不正の方法を知らない部下が交際費の不足を上司に相談すると、上司がキックバックのやり方と協力してくれる業者を紹介する始末。キックバック不正が最も多発した関西の支店では、OBが経営する外注先があり、元締め的な存在として他の業者や新人営業担当者に指南していたという。
さらに、業者との馴れ合いがひどくなると、先に業者から現金をもらって、後から水増し請求をさせるなど、正に無法地帯になっていったようである。
「こうすればバレない」という機会の認識と「みんなもやっている」という格好の正当化理由を得れば、人はズルズルと不正の坂道を滑り落ちていく。そして、社員の辞書から徐々にコンプライアンスという言葉は消えていき、最後は、キックバックが1つの事務処理方法として組織内で当たり前のように行われるようになってしまう。
「私的な費用を会社に請求してはいけない」。これは誰の目にも明らかだ。しかし「会社に請求すべき費用を自己負担する」ことについてはどうか。従業員は被害者意識こそ感じても不正を犯すという罪の意識はないだろう。ここに落とし穴がある。
削減した経費の何倍ものしっぺ返しを
会社としては、営業経費や残業代削減の努力はもちろん大事だが、現場の実態を無視して一方的にやりすぎると、自己負担やサービス残業が増え、従業員の心の中に「会社には貸しがある」「自己負担分は取り戻す」「倍返しだ!」というわだかまりが高まる。それが、モチベーションの低下、会社への不信感、退職率の上昇などの悪影響をもたらす。極端な場合には今回のような不正の温床となって、結局は、会社は削減した経費の何倍ものしっぺ返しを食らうことになる。
横領はもちろん、自腹も重大なルール違反だということが従業員にどれだけ浸透しているか。従業員に自腹を強いるような状況を放置していないか。この事件を教訓に、経営者は自社の現場の実態を改めて見極め、従業員の意識づけ、規定やチェック体制の見直しに活かしたい。(甘粕潔)