経営者懇談会のセミナー講師等を務めさせていただいた後の懇親会では、出席経営者の皆さんのお悩みを少しでも多くうかがうようにしています。事業展開に関するお悩みもさることながら、やはり多いのは人に関するお悩み事です。
「後継者や管理者が思うように育たない」
「自分考えを正しく理解して動く社員がいない」
「うちの社員は、チャンスをものにしようという積極性に乏しい」
…等々。
すれ違っている社長と社員の実情
社長の立場からすれば確かに歯がゆい部分が多いのでしょう。しかし、中堅社員向けのセミナー等の参加者に、経営者はこういう悩みを持たれている人が多いのだけどどう思うかと尋ねてみると、彼らなりの立場からの意見が聞かれて興味深いです。
「社長の求めるレベルが高すぎる気がする」
「社長があれこれ縛りすぎるから、やる気のある社員までやる気を失う」
「また社長に怒られるかもしれないと思うと、指示待ちになってしまう」
話を聞いた社長方と中堅社員の人たちは同じ会社の所属ではないので、必ずしも上記の社長のお悩みにこれらの社員の言い分がリンクするわけではありませんが、なんとなくすれ違っている社長と社員の実情が見えてくるように思えます。一言で言えば、社長は細かい点にまで口出しすることで社員を教育したいけど、逆に社員は口うるさく指導されすぎることで主体性を失い自発的に育つチャンスを逸している、そんな構図です。
任せれば自然と立場が人をつくる
だいぶ以前の話になりますが、銀行時代の取引先懇談会の会食の席で興味深い光景がありました。「後継が育たない」と悩む60代半ばのA社の社長と、早々に社長の座を後継社員に譲って半ば隠居といったイメージの同年代D社会長の会話です。
A社長「いち早く後継に道を譲られて、悠々自適のD会長がうらやましいですよ。うちなんか、自分の息子にバトンタッチすることだって今の状態じゃとてもとてもできやしない。後継を育てる秘訣を聞かせて欲しいです」
D会長「いやいや私は何もしていません。うちは社員に引き継いだけど、任せることで社長の自覚を持たせただけです。無理やり教育しても本人の自覚には繋がらないけど、任せれば自然と立場が人をつくります。A社長は引き渡す相手が御子息だから、余計に自分の思う形にしなくちゃという気持ちが強いのかもしれませんね」
傍でそのやりとりを聞いていた私は、D会長のお話が実に腹落ちが良かったのでした。というのも、私自身、銀行の若手時代に数人の支店長に仕えましたが、あれこれ細かい点にまで指示を出す支店長と必要な時にだけ指導をしてあとはほぼ放任で部下のやり方に任せる支店長がいて、確かに支店の目先の業績は細かく指示を出す支店長の方が上がったのですが、人材に自立心が出て人が育つという観点からは放任タイプの支店長の方が断然成果が上がっていたと実感していたからです。
相手を変えようと力むより…
もちろん、必ずしも業績と人材の育成はトレードオフの関係ではないのですが、業績の低下を恐れるあまり、教育になるとは分かっていても後継や部下のやり方に任せきれない経営者が多いのも事実です。そんな経営者に我々が周囲から「思い切って任せなさい」と言ったところで、なかなか踏み出せるものではありません。彼らにとって「任せる」という行為ばかりがイメージされると、どうにもリスクが先立って思えてしまうようなのです。
自分の話にいまひとつ納得しがたい様子のA社長に、D会長はこう続けました。
「任せるという気落ちになれないなら、こう考えるのがいいです。親子といえども、一人の大人を別の人間がそう簡単には自分の思うようには変えられません。容易に変えることができるのは社長自身の方です。いちいち文句を言ったり、細かい指示を出したりして無理に育てよう育てようとしてようとしている自分を変えれば、相手もきっと変わりますよ」
これにはA社長も、何かを得た表情で「なるほど」と大きくうなずきました。その後約1年、A社長が御子息に社長の座を譲られたとの話を聞いて私が電話を入れてみると、「あの席でのD会長のお話は、目からウロコだったね」と話してくれました。
私もこの一件以来、「人が育たない」「社員に自覚がない」と言った類の人に関するお悩み事にはまず、「相手を変えよう変えようと力むより、とりあえず一番簡単に変えられる自分の姿勢を変えてみてはいかがですか」と投げかけてみることにしています。(大関暁夫)