銀行時代の同僚のお悩みに関連した話をもう1件。中小土木工事業者の経理部長として最近出向したIさん、50代半ばにして初めての中小企業勤務です。いざ会社に入ってみてびっくりしたのは、てっきり自分が社内で最年長に近いに違いないと思っていたのに、どちらかと言えば若い部類に入ると言う平均年齢の高さでした。
彼の悩みは、労働時間が長い、年間休日が少ない、有給が取れない…、まさしく今様の若者に言わせたら、「ブラック企業」そのもののような同社の職場環境でした。そうなってしまっている理由は、「長い間主要なメンバー構成に大きな変化がなく、昔からこのやり方できているということ」だと言います。
「最近の若いヤツらは権利ばかり主張して甘えているんじゃないの」
さらには、「うちの社員は最近の世間を賑わしているブラック企業騒ぎにも、『そんなこと普通だろ。最近の若いヤツらは権利ばかり主張して甘えているんじゃないの。我々なんか昔から日々遅くまで働いて、休みなんて取れる時にとるのが当たり前できたんだ』とまで言う始末だからね。自社のブラック環境に全く気づいていないんだよ」と、銀行とはおよそかけ離れた状況に唖然としている様子でした。
この手の企業では、まず社長がワンマンであることがほとんどです。その上で、エコノミック・アニマルと言われた高度成長期の日本企業における成長軌道下の独裁的な運営管理に慣らされてきた、「働け、働け」の習慣がそのまま今も生き残ってしまっているケースが多いように思います。
以前、中途採用の若い社員の定着率が低いという従業員20人ほどの会社の社内活性化をお手伝いした際にも、似たような話がありました。コンサルティング着手時に職場ヒアリングを重ねるうちに、「自分の有給休暇が何日あるのか知らない」「そもそも有給休暇なんて取ったことがない」という声が聞かれたために、ワンマン社長に事実関係を尋ねたところ、「本人が病気の際や、親族の結婚式や葬式などの時には必要日数を有給で休ませている。日数管理は総務でやっているんじゃないかな」という回答でした。
調べてみると有給制度は以前、顧問税理士の知り合いの社労士に作ってもらったという就業規則に盛り込まれており、当然日数や取得方法についての記載もありました。しかし、就業規則自体は職場に置かれ職員が閲覧できる状態にはありつつも誰もその存在を意識していない状況で、自分の有給が何日あるのかはもちろん自分が申請すれば有給が取れるという事実すら正確には誰にも理解されていなかったのです。総務に管理状況を確認すると、「有給休暇の管理は社長が直接やっている」と実質無管理状態であることが分かりました。
つまり社長には悪意はなかったものの、結果的法令違反と言える"ブラック状態"にあったと言わざるを得ない状況だったのです。「辞めた中途採用の若い社員から、休暇のことで何か言われたことは一度もない」と言うのですが、ワンマン社長相手に先輩社員が一切文句を言っていないことに、噛み付く勇気のある社員などそうそういるものではないでしょうし、場合によったら社長の耳に入る前に先輩社員に「これがうちのスタイル」と諭されて彼の不満は潰されていたのかもしれません。
昔からの風習に慣らされて、気がついていない
私は、すぐに就業規則の見直しと全社員への配布、併せて有給休暇の日数個別通知と取得申請のルール化を進言し、実施に向けて社員への方針説明と意見聴取をしました。ところが、平均年齢40代後半の同社社員たちの反応は意外なものでした。
「有給休暇なんてどうでもいいんじゃないの。大人の組織なんだから」
「今までもどうしても必要な時は休ませてもらっているし、今以上に休みなんてもらったって別にすることもない」
そんな意見が大半を占めていたのです。
これを聞いた社長の反応は「ほら見なさい」といった感じでしたが、制度化をすすめた結果その後中途入社した比較的若い社員たちは有給休暇を取っているようで、定着率向上には役に立ったと思っています。その一方で昔からの社員の皆さんは、「病欠の時も、事後にいちいち有給申請書を書かなくちゃいけなくなったことが面倒くさい」と言っているとかで、何も変わっていないようではあります。
このように中小企業では、歴史ある企業であればあるほど、昔からの風習に慣らされて社長も社員も"実質ブラック"になっていることに気がついていないケースがよくあるのです。中途採用や出向者が外部から入ってくることで、それを指摘されつつもなかなか一筋縄ではいかない。どこの組織でも先住民の意見は強いですから。それが、ネット等で「入ってみたら今の会社ブラックだった」と書かれる原因になっていたりもしますから、経営者は要注意です。
先のIさん、「慣れてきたら、社長に直訴する」と言っていましたが、果たして周囲はどれだけ共感してくれるのか状況は厳しいかもしれません。孤軍奮闘といった環境下ではありますが、同社の組織近代化に向けた重要な一歩ですから陰ながら応援していきたいと思います。(大関暁夫)