不正リスク管理の国際的な専門資格CFEが守るべき鉄則に"Think like a fraudster."というのがある。直訳すると「詐欺師のように考えなさい」。つまり、不正防止のエキスパートとしての見識を総動員して「自分が不正を犯すとしたらどうするか」「会社の管理体制の甘さはどこにあるか」という視点でリスクを見極めろ!ということだ。
例えば、あなたが中小企業の経理部門に長年勤めているとする。努力の甲斐あって、社長から絶大な信頼を得ており、経理業務をすべて一人で切り盛りしている。今では、手提げ金庫の鍵、銀行口座の通帳と届出印、インターネットバンキングのIDとパスワード、小切手帳、そして会計システムへの入力権限などを誰にもチェックされることなく、自由に取り扱える。さて、あなたはその立場を利用して、どのようにして会社のカネを着服できるだろうか?
チェックされないのをいいことに
手提げ金庫から少しずつ現金を抜き取る。インターネットバンキングを使って自分や知り合い名義の口座に不正にカネを振り込む。小切手を勝手に振り出して銀行で現金化する。ちょっと考えただけでも、いくつかの手口を思いつくだろう。しかし、着服できたとしても、誰かに気づかれたらおしまいだ。そこで、単に盗むだけではなく、見つからないように隠ぺい工作をしなければならない。会計システムにアクセスして数字のつじつまを合わせれば大丈夫だろうか……。
不謹慎なことかもしれないが、こんなふうにして社員による横領のリスクを徹底的に洗い出すのが、不正防止の出発点となる。
今年(2013年)6月に公表された、上場企業の連結子会社の管理職による横領事件は、横領リスクを洗い出すための教科書となるような事例だ。この会社は、役員を含めて十数名の小さな所帯で、一人ひとりが複数の業務をこなす状況にあった。そんな中、約3年にわたり横領を繰り返していたのは、同社に20年以上勤務する管理職だった。
横領に手を染めた時、彼は、総務部で総務経理、損害保険などの課長を務めていたが、上司となる総務部長が不在の状況が続き、実質的には管理部門の責任者的な存在になっていたらしい。そのため、ある出来事をきっかけとして、チェックされないのをいいことに横領三昧をしていた。調査報告書には、以下の6つの手口が示されている。
着服6つの手口とは
タイプ1:支払用の小切手を振り出す際に金額を水増しし、金融機関で現金化して、水増し部分を着服。隠蔽のために、未払いの買掛金を支払済みとして記帳。
タイプ2:現金で回収した売上代金を着服。隠蔽のため、当座預金に虚偽の入金を記帳。
タイプ3:勝手に小切手を作成し、現金化して着服。記帳はせずに簿外の出金として処理。
タイプ4:福利厚生費の名目で架空の経費支払いをし、現金を着服。
タイプ5:社員向けの立替金や仮払金で精算された回収金を着服。
タイプ6:社員の親睦や冠婚葬祭目的のために給与天引きされた積立金を着服。
もちろん、それなりの管理体制をもっている会社であれば、これらの不正を続けることは無理だろう。例えば、売上金を着服すれば、営業サイドの数字と経理の数字が合わなくなったり、取引先に督促状が行きクレームが入ったりして、1、2か月のうちに不正が発覚する。あるいは、普通は、小切手は一人で勝手に振り出せないし、経理の帳簿もそう簡単にはいじれないはずだ。
しかし、実際にこのような事件が上場企業関連で起きているのだとすれば、「まさかうちでは起きっこない」と考えるのは危険だろう。ルールはあっても現場で守られていなければそれまでかもしれない。
上記の事件が発覚した時、犯人の上司も部下も「まさか、あの人が」と絶句したのではないだろうか。親会社の経営陣や内部監査部門も同じかもしれない。しかし、ほとんどの不正はその「まさか」が突然現実となって企業に危機をもたらす。そして、一度事件が起きれば、「信じてたのに」という甘い言い訳は一切通用しない。
不正リスク管理に「あり得ない」「想定外」は禁句である。皆さんの会社の経理部門では、ベテランに任せきりの状況が放置されていないだろうか?不正を犯す側からリスクを見直したい。(甘粕潔)