筆者は「赤旗」という新聞(正確には新聞ではなく機関紙)が嫌いだが、ときどきその企画力には素直に脱帽することがある。今回脱帽したのは、ルネサスの8回にも及ぶ「追い出し部屋」面談の様子である。なんとかしてクビを切ろうとする側としがみつこうとする側が、本音を隠してバトルする迫真のルポで実に興味深い。
と同時に、8期連続最終赤字になっても終身雇用の看板を守るため、自己都合退職に追い込もうと頑張るルネサスのコンプライアンス精神にも、筆者は素直に感服した。その辺のブラック企業なら「おまえクビだから」で十秒くらいで終了する作業を、この期に及んでルネサスはバカにならないコストと時間をかけて延々繰り返しているわけだ。
たぶん、赤旗側は微塵も意図していないだろうが、現在の法制下ではコンプライアンスにこだわればこだわるほど、なぜか現場のブラック度が増してしまうという矛盾も本記事は見事に描き出している。
度重なる面談に耐える姿に「硫黄島玉砕」を連想
さて、追い出し部屋の是非や対策については、以前(「大手企業『追い出し部屋』の正しい閉鎖方法」)に述べたのでここでは繰り返さない。筆者が気になったのは、8回も圧迫面談されつつも耐え抜いている不屈の従業員だ。
読者の中には「こんなやつがいるから会社が傾くのだ」と思った人もいるかもしれないが、筆者はむしろ、彼こそが終身雇用制度の生み出した最強のソルジャーだと考えている。
というのも、突き詰めるなら「転職など考えずに一途に組織のため働くこと」が終身雇用のミッションであり、それを忠実にこなしてきて、今もなおそうしようとし続けているのだから。まさに「一所懸命」である。
贅沢言わなきゃ転職先はいくらでもあるだろうとか、人格否定までされて残る意味があるのかとか、外野の突っ込みは彼の耳には届かない。彼の眼中には、ただ、今の職場があるだけだ。
筆者は、一連の追い出し部屋報道をみるたび、女工哀史や蟹工船ではなく、太平洋戦争末期に行われた硫黄島の戦いを連想してしまう。度重なる降伏勧告を無視し2万人近い将兵が玉砕した戦いと、追い出し部屋で孤立無援のまま抵抗し続ける社員の姿は、どこかしら似ているからだ。
ムラ社会の被害者に「早く降伏しろ」と言えないのか
なんていうと「祖国防衛のために散って行った兵士と一緒にするな」と言う人もいるいかもしれない。確かに、士官学校出のエリートには、そういう大義を持っていた人も多いだろう。
でも、召集された末端兵士までそうだったとは筆者には到底思えない。きっとムラ社会のロジックに縛られ、動くに動けなかったのではないか。ムラ社会の被害者という点で、両者には色々と共通点があるように思う。
きっと戦中に赤旗が発行されていれば、彼らは硫黄島の悲惨さを伝えつつ、「玉砕なんて意味がない、意地を張らずに早く降伏しろ」と論説を展開していたはずだ。
一方で、現代の追い出し部屋報道においては「会社が潰れるまでしがみつけ、我々共産党も“リストラ禁止法案”を作って諸君の玉砕を全力サポートするから」的スタンスに見受けられる。
個人の生涯を一企業に面倒見させるシステムの敗北はもはや明らかであり、であれば末端兵士に玉砕を迫るのではなく、別の選択肢を与えられるような議論を進めることこそ、本来の革新派の役割だと思うのは筆者だけだろうか。(城繁幸)