組織で生き延びるには、上司との人間関係が一番大事――。古い昭和のサラリーマンの話かと思いきや、欧米の会社でも似たような場合も多いそうだ。感情の生き物である人間が集まるところ、やはり好き嫌いの要素を排除することは難しい。
ある会社では、上司の過剰な励ましに部下が腹を立てて怒鳴ってしまった。すると上司は人事部に行き、「あいつをクビにしろ」と言ってきたという。人事はどういう処分をしてよいものかと迷っている。
「連日の残業が原因。気合いでは治らない」とブチ切れ
――メディア会社の人事です。当社の営業課長はとても熱い人で、「義理人情浪花節」を地で行くタイプ。口癖は「気合だ!」「やる気出せ!」ですが、そんな課長が新入社員のAくんをクビにしろと言って聞きません。
残業続きで体調を崩したA君が会社を休んだある日、心配した課長は彼の家まで見舞いに行ったそうです。左手に栄養ドリンク、右手にレトルトのおかゆや生姜、リンゴなど栄養のあるものをたくさん抱え、「早く治せよ」と声をかけて帰りました。
翌日出社したA君に対し、課長はいつものように「おお、来たか。今日もやる気出していこうな。風邪なんか気合いで吹きとばせ!」と言ったとか。無理して出社していたA君には、それが気に障ったようです。
「課長、気合いなんかで風邪は治りませんって…。元々は連日の残業が原因なんだし、昨日も課長が家まで来るというから休めなかったんですよ。僕の状況が読めないんですかね。今日はもう帰りますから!」
と怒りをあらわにして帰宅してしまったそうです。
それを聞いた課長は、すぐに人事に来て「新人のクセに口ごたえなんかして、タダで済むと思うなよ。そんな根性のないやつはクビだ! 無理なら人事でどっかに異動か何か処分しろ」と怒鳴りこんできたのです。こういうとき、A君に何か処分をしたほうがよいでしょうか――
社会保険労務士・野崎大輔の視点
これは解雇できない。課長のパワハラ予防が必要では
A君が取った行動は衝動的とはいえ、会社に損失を与えたわけではないのですから、これを理由とした解雇はできないでしょう。職場の秩序を乱したとして処分できるといっても、課長にも非があったと考えると「注意」くらいです。体調が悪いのに無理に出社させたとなったら、安全配慮義務を怠ったとして問題になります。私は、注意すべきは課長の方だと思います。自分の意にそぐわないからといって部下を解雇したら、部下から不当解雇で訴えられる可能性が高く、会社としても大きなリスクとなります。
この課長のようなタイプは、行き過ぎた指導がパワハラになりやすいものです。指導とは相手を成長させるために行うものですが、感情にまかせて持論を押し付けるのは相手に指導とは受け取られにくく、パワハラを被ったと思われる可能性が高いのではないでしょうか。会社としては、いまの時流に合ったマネジメント手法の研修を課長に受けさせるべきと思います。
臨床心理士・尾崎健一の視点
「上司が絶対」のマネジメントでは組織は柔軟性を失う
課長は組織の秩序を乱したとしてA君を処分したがっているようですが、「上司が絶対」という組織のまとめ方は常に正しいとは限りません。確かに統率を最優先するなら、上長に対するあらゆる批判は禁じられます。しかし、組織を取り巻く環境の変化が大きな時代には、組織にも多様性や柔軟性も必要です。反対意見や批判をすべて押さえ込むことは、組織が変化に対応する大きな妨げになります。
今回の件は、A君の発言内容が不当だったり一方的に非礼だったりしないので、職位の上下にかかわらず通常の意見の対立として捉えてよいと思います。むしろ違った意見こそが変化を促したり、新たな機会を見つけることになります。普段から考え方の違いを言いやすくし、落としどころを探れる組織風土を作りたいものです。人事が介入するとすれば処分を考える前に、課長が非礼と感じた部分とA君の考えを言い合う場を作り、和解を促すというところでしょうか。