政府が「派遣労働の上限3年」を一律で適用する方向で検討中だそうだ。従来は人を入れ替えようがどうしようが、3年以上派遣さんを「同じ仕事」で使ってはいけないルールだったが、これからは3年直前に入れ替えさえすれば、ずっと派遣さんに働いてもらえることになる。
一見すると規制緩和のようにも見えるが、(現在は上限のない専門26業務も含めて)すべての派遣労働者に3年というリミットを設けるという意味で、分かりやすい規制強化とも言えるだろう。
格差はさらに拡大し、そして固定化する
ついでに言うと、今年からすべての有期雇用も上限5年とされ、それを過ぎれば無期雇用転換が義務付けられることとなった。もちろん、その多くが5年経過直前に雇い止めされることは確実であり、実際、すでに一部の大学では非常勤講師と大学との間で雇い止めをめぐる法廷闘争が勃発している。
これら一連のプロセスからは、政府が派遣労働3年→有期雇用5年→無期雇用という流れに強引にもっていきたがっているのがよくわかる。なんとしてでも“終身雇用”という本丸を守りたいのだろう。
では、今回の法改正の先に待っているものとは何だろうか。筆者は「格差はさらに拡大し、そして固定化する」だろうと予想している。
とりあえず、企業は「数年でいなくなっても構わないような仕事」だけを選んで、非正規雇用労働者にまわすだろう。正社員より詳しいノウハウを持っていたベテラン契約社員からも、そうした仕事は取り上げられ、より低いグレードの仕事が与えられることになる。だって、彼らは数年で職場を追われるのだから仕方がない。
さらには、そうして人為的に作られた格差は、なかなか飛び越えられないものとなるはずだ。筆者の経験で言うと、非正規から正規への登用は、それなりに長い期間、正規に劣らないパフォーマンスを見せた場合に見られることが多いように思うが、今回の改正でそうした機会が激減するのは確実だからだ。
掘立小屋を追い払ったところで社会は変わらない
斜陽産業から成長産業への労働力の移動こそが日本の成長戦略の柱だという点で、識者の間にほぼ異論はない。おそらくは、今回の改革もそういった文脈で語られることだろう。
だが、ちょっと想像してみてほしい。職場で頑張っている派遣社員やベテラン契約社員を数年で追い出して、果たして産業構造が変わるほどの変革を生みだすのだろうか。
大学で言えば、5年ごとに非常勤講師やポスドク研究者を追い出すことで、教授たちの業績が上がるのだろうか。まったくあり得ない話だろう。
正社員を「城壁に囲まれた都市部」、非正規雇用を「その周囲に掘立小屋を建てて暮らしている人たち」とするなら、要するに今回の法改正は、掘立小屋の人たちを数年ごとに追い払うようなものだろう。
どこに住むか自由に選べて、というかそもそも城壁なんてなくて自発的に市民が成長分野に移っていく国とは根本的に異質な中世みたいな世界が、今回の改正の先には広がっているわけだ。
改革を回避する言い訳が着実に固められている
筆者はもう一つ、この改正によりもたらされる変化を予想している。それは一言でいうなら、現状を維持するための言い訳、それもかなり強力な言い訳を準備することになるということだ。
とりあえず、派遣労働者は3年ごと、有期雇用は5年ごとに職場を移ることになるから、表向き、日本の労働市場の流動性は高くなるだろう。「もっと労働市場の流動性を高めろ」と口うるさい経済学者に対し、これは強力な武器になるはずだ。
加えて「正社員の解雇規制を緩和し、同一労働同一賃金を実現しろ」と要求してくるILOやOECDといった国際機関に対しても、鉄壁の防御を張れることになる。なぜなら、数年ごとにぐるぐる移動し続ける労働者と、10年単位で勤務する前提の正社員に同じ仕事を割り振ることはありえず、両者が同一労働する機会は激減するからだ。
「日本の潜在成長率を高めるためには、労働市場の流動性を高める規制緩和が必要だ」
→「待って下さい、すでに日本の平均勤続年数は欧米並みに低下しており、十分流動性は高まっています」
「同一労働同一賃金は世界標準であり、日本国内でも速やかに実現すべきだ」
→「待って下さい。正社員と非正規雇用はそもそも担当している業務がまったく違っており、同一労働ではないのでそういう法律は無意味です」
筆者はいま、数年後にこういうロジックで完全武装した連合関係者や左派と論戦せねばならない事態を想像し、とてもブルーな気分になっている。(城繁幸)