何をするにも「自分が決める」ワンマン社長が倒れた! そのとき会社は…

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病気にでもならないと手を引けない社長が多い現実

   Mさんに辞められてはどうにもならないと思った社長夫人は、Mさんの申し出を飲み、事実を皆に話して幹部社員で急遽対策を練ることにしました。

   これまでは技術から営業、時には総務までも社長が口を出していたので、何をするにも手探り状態。そこで部門ごとに責任者を決めて、社長がどんな活動をしていたのか整理しました。Mさんが驚いたのは、その仕事量。年商10億円以上の会社を一人でほぼ全部門管理しており、これでは心身共に限界が来るわけです。

   それ以上に驚いたのは、社員たちが「会社をつぶしてなるものか」との危機感から、死に物狂いで会社運営を考えたことでした。幸いにも、総務と経理はMさんが把握していましたし、大企業に勤務していた長男を会社に迎えて求心力を維持できました。

「体制が落ち着いてみると、社長に頼り切っていた自分たちへの反省も生まれ、社長の個人商店から会社組織への脱皮が感じられるようになったのです」

   1か月近く意識不明だった社長は奇跡的に意識が戻り、車椅子生活ながらも約2カ月で会話ができるまでに回復。自分の身の引き際は認識したようで、長男に社長の座を譲って名誉職としての会長に収まりました。

   会社は長男を中心とした分権管理と合議制の会社組織となり、新規取引も増え業績は順調。Mさんは新体制の会社運営が軌道に乗った段階で、めでたく引退となったのです。

   いくらワンマン社長の会社でも、社員に「社長には頼れないぞ」という危機感さえ持たせれば会社は脱皮できると確信させられる話でした。ただし本当の危機感を与えるためには、社長が思い切って手を引くことが肝心。病気にでもならないとそれができない経営者が多いのも、現実ではあるのですが。(大関暁夫)

大関暁夫(おおぜき・あけお)
スタジオ02代表。銀行支店長、上場ベンチャー企業役員などを歴任。企業コンサルティングと事業オーナー(複合ランドリービジネス、外食産業“青山カレー工房”“熊谷かれーぱん”)の二足の草鞋で多忙な日々を過ごす。近著に「できる人だけが知っている仕事のコツと法則51」(エレファントブックス)。連載執筆にあたり経営者から若手に至るまで、仕事の悩みを募集中。趣味は70年代洋楽と中央競馬。ブログ「熊谷の社長日記」はBLOGOSにも掲載中。
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