休日やプライベートは楽しめるのに、仕事に関わる時間は気分が沈んでしまう変則的な症状に悩まされる、いわゆる「新型うつ」の患者が20代の若手社員を中心に多いといわれる。そして、中堅へと差しかかる30代になると本物のうつ病を発症するビジネスマンが決して少なくないようだ。
責任は増えるが弱音を吐けない中堅世代の悩み
男性型脱毛症(AGA)治療の第一人者であり、精神科医の顔も持つ城西クリニック(東京 新宿)の小林一広院長は、30代男性がうつ病を発症する要因をこう分析する。
「30代は職場での地位が上がり始め、責任ある仕事を徐々に任されるようになる世代です。結婚する人も増え、家庭や家族という大きな責任を背負うケースも出てきます。さらに30代は同期との差がついてくる時期。同年代に気安く弱音を吐けない状況から、ふとしたきっかけでうつの病態を認める人が少なくないのです」
また30代は、初めて心身の「衰え」を自覚する時期でもある。基礎体力の低下はもちろん、肥満や頭髪の減少、血圧上昇などから老いを感じる人もいるだろう。自身の衰えを実感するプレッシャーもまた、精神に負担をかける要因になる。
不安から老いを遅らせようと焦る人もいるが、小林院長は「過剰なアンチエイジング意識」にも警鐘を鳴らす。歳を重ねることに抗おうとすればするほど、自身の衰えにストレスが生じるからだ。「若さを保つ」意識より「いい歳の取り方をしていく」という思いでエイジングケアを行うことが精神的に望ましいと語る。
また日本では、海外に比べてメンタルケアが日常的でないことも問題だ。ニューヨークでは中堅レベルの精神科医によるカウンセリングでも1回3万円ほどかかることも珍しくないという。
対して日本では、職場の産業カウンセラーを訪れる人も周囲の目を気にするあまり、多くはない状況だ。このようなことも30代のビジネスマンが、うつ病を発症しやすい背景にあると考えられる。小林院長は「日本人は自分の精神を健康に保つことにもっと気を配っていい」と指摘する。
現実を受け入れる「心の調整力」が必要になる
小林院長は、うつ症状に悩む人の思考パターンには大きく3つの傾向があるという。
1つめは仕事とプライベートで「ON・OFFを切り替えがきちんと出来ないられないこと」、2つめは最初から最後まで全力で取り組もうとしてしまい「アクセルとブレーキを上手に使いこなせないこと」。3つめは複数の重要事項の「優先順位を状況に応じて的確につけられないこと」だ。
なかでも「優先順位をつけられないこと」は、30代男性のメンタルヘルスにおいて憂慮すべき問題だ。仕事も家庭も上司との付き合いも、とすべてを完璧にやろうとすれば、当然どれかがおろそかになり、ストレスがたまる。
うつになる人の中には、今何が一番大切か、その順位をつけられず、キャパシティを超えたものを自分に要求してしまうケースが多いという。さらに衰えを自覚する年齢だからこそ、「思考の仕方にも注意が必要」だと小林院長は語る。
「大切なのは現実をどう捉えるか。自分の最高の状態、理想の状態をイメージするのではなく、最低をイメージするようにしてみる。それにより最悪の状況を回避するために何をすべきか、冷静に考えることができます。エイジングへの考え方も同様で、20代の頃のイメージを保ち続けるのではなく、今の年齢でのベストな在り方を探すべきです」
考え方はすぐには変えられないが、日頃から意識的に行うことで少しずつ変化させることができる。誰にでも衰えはやってくる。そのことを身にしみて感じる年代だからこそ、現実を受け入れる「心の調整力」が必要だ。それこそが責任が増える30代サラリーマンのメンタルケアに欠かせないことだろう。