「夜の残業削減、早出奨励」でスタッフが流出した中堅携帯チェーン

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   伊藤忠商事が今年の10月から午後8時以降の勤務を原則禁止し、やむをえず残業が必要な場合には午前9時前に行うように奨励するそうです。午前8時前に始業した社員には、無償で軽食が提供されるのだとか。

   ある調査では、午前6~7時台に始業する人の割合は、ドイツでは43.9%もいるのに対し、日本ではわずか6.7%しかおらず、90.7%もの人が午前8~9時台に集中しているそうです。通勤ラッシュや深夜残業の問題を考えれば、改善があってもいいと思います。

   ただ、伊藤忠と同じような取り組みを知り合いの会社で行ったところ、うまくいかなかったことを思い出しました。新制度が同社単独で果たしてうまく機能するのか否か、興味津々であります。

青天井でつけていた残業代のカットがねらい

働く日本人にとって「夜の残業」はそれなりに合理的な理由がある?
働く日本人にとって「夜の残業」はそれなりに合理的な理由がある?

   携帯電話販売のA社は、販売窓口の店舗を約50店舗持つ二次代理店。一次代理店よりも手数料収入が少ないため、薄利多売のビジネスモデルに近い印象です。

   数年前のこと、一次代理店の値引き販売が解禁になり、ただでさえ利幅の薄い二次代理店は現場の経費削減が必要となりました。焦点となったのはスタッフの残業代でした。

   携帯電話の販売店は若いスタッフが多いせいか、朝は仕事のエンジンがかかりにくく、店を閉めてから管理業務に手を付けると帰宅は連日午前様。それが習慣化して、夜型生活にどっぷりはまるというパターンになりがちです。

   A社の現場でもそんなスタッフが多く、青天井でつけていた残業手当が膨大になる事態に陥っていました。経費削減に乗り出した社長は「残業制限」を宣言します。

「夜の時間がたっぷりあると思うから、ダラダラ仕事をすることになる。『閉店後1時間で原則離店』というルールを徹底しろ。それでも時間が足りないのなら、朝6時から早朝出勤手当を認めてやればいい。早起きは何事も能率があがるぞ」

   私はこの話を聞いた時に、毎朝5時起きで散歩やゴルフの打ちっぱなし、読書を日課として「早起きは三文の得」を実践する社長らしい良い発想だと思ったものでした(ちなみに社長は50代。お年寄りではありません)。

   しかしながら、この「残業撲滅、早出推奨」の結果は、社長の思惑通りにはいかない悲惨なことになっていました。

仕事が飽和状態、収入減少で勤労意欲が低下

   制度の開始時には若干見られた早出社員も、しばらくするとほとんどいなくなりました。夜の残業制限で仕事が飽和状態になった上、残業代の削減で収入が減ったスタッフは、勤労意欲を下げてしまったのです。

   その結果、スタッフから転職者が続々と現れ、危機感を募らせた会社は結局元の制度に戻してしまいました。転職を申し出た社員の一人は、総務部長にこう話したそうです。

「早出、早帰りを社会全体でやるのなら、納得性も高くて僕らもやれるのだろうけど、うちの会社だけでやろうとしても説得力がないから長続きしないですよ。結局は会社の勝手を押し付けられていると思うから、辞めるわけです」

   A社はこのことだけが原因ではないものの、その後、収益環境の悪化を受けて、ピーク時の3分の1の規模への店舗縮小を余儀なくされました。

   社長が自己の習慣から思いついた妙案であっても、結果的に自分の懐を痛めるような改善に社員は協力したがらないものです。特に自社独自の取組みだと、「なんでうちだけが」「なんで真っ先にやるのか」という気持ちは出やすいものでしょう。

   新たな施策が経営的に正しいものであっても、社員から見ると思った以上に独善的に映る可能性もあるわけです。その点は実施前に検討すべきでしょう。(大関暁夫)

大関暁夫(おおぜき・あけお)
スタジオ02代表。銀行支店長、上場ベンチャー企業役員などを歴任。企業コンサルティングと事業オーナー(複合ランドリービジネス、外食産業“青山カレー工房”“熊谷かれーぱん”)の二足の草鞋で多忙な日々を過ごす。近著に「できる人だけが知っている仕事のコツと法則51」(エレファントブックス)。連載執筆にあたり経営者から若手に至るまで、仕事の悩みを募集中。趣味は70年代洋楽と中央競馬。ブログ「熊谷の社長日記」はBLOGOSにも掲載中。
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