関東地方でアミューズメント系レストランやおもしろ雑貨店などを運営する会社に、経理部長として出向した元銀行員のSさん。一介の商店主だった先代を継ぎ、大きく飛躍させた二代目社長の興味深いエピソードを聞かせてくれました。
昨年度の決算を前に、部長たちを集めた会議で社長からこんな提案があったそうです。
「今年は皆さんのがんばりもあって、大きく利益が出る見通しになった。これは社員の皆さんに還元した方がよいかと思っている」
部長たちの反対に「君たちのためにやるんじゃない!」
「やった、期末賞与支給か!」。部長たちの表情が緩んだ瞬間、社長はこう続けました。
「ついては、会社の創業20周年も兼ねて、社員旅行で皆を海外に連れて行ってはどうかと思っている。具体的には、3泊4日でフィリピン・ツアーを考えているのだが」
会議室は一瞬静まり返ります。しばらく間があった後、飲食店舗を統括する部長が沈黙を破って遠慮がちに口を開きました。
「社長、お心遣いありがとうございます。個人的な考えで恐縮ですが、旅行よりも賞与という形で支給をした方が皆が喜ぶのではないかと思うのですが」
人事部長も続きます。「うちは若い社員も多いですし、海外旅行よりおカネで支給した方が数段ヤル気によい影響を与えるでしょうね」。
決算剰余金について相談を受けていたSさんも、両部長と同じ考えでした。周りの10名弱の部長たちも、「いいぞ、いいぞ!」と内心手を叩いているように見えました。
すると次の瞬間、社長がそう来るのは分かっていたと言わんばかりに、トーンを上げて言い放ったそうです。
「バカもの! この旅行は社員のためにやるのであって、部長たちのためにやるんじゃない。僕が何を考えているのか、よく考えてみろ! 会議は終わりだ!」
意外な社員の反応、参加率は「ほぼ100%」
社長の一喝で会議が終了した後、その場に残った部長たちは社長のプランに批判的な意見を口々に言っていたそうです。
「いまどき社員旅行なんて流行らないよ。なんでフィリピン?」
「若い奴らは半分も参加しないで、企画倒れになりそうだね」
「むしろ疲れだけ残って、行かなきゃよかった、となるんじゃないの」
結局、旅行の全行程のプランニングは、仕事でたびたび現地入りしている社長自ら日程を組み、社員を3班に分けてその全行程に社長が同行するという力の入り様でした。
そこで参加者を募ったところ、部長たちの予想を大きく裏切る結果が出ました。特別な事情がある者以外は皆参加という、ほぼ100%に近い参加率になったのです。Sさんが参加意思確認をしたとき、若手社員はこう答えたそうです。
「たぶん一生に一度のチャンスと思うから、行ってみたい」
「自分のおカネじゃ、フィリピンまでなかなか行かないもんね」
「団体旅行なんて修学旅行以来だし、企画も楽しそう」
いずれも予想外の答えばかりで、認識不足を痛感することになりました。
一石三鳥の意図を見抜けなかった部長たち
肝心の旅行はと言えば、バナナボート・アトラクション、トロピカル・レストランでのパーティ、現地のショーパブ・ツアーなどなど、大盛り上がりで、社員は皆大満足。
参加した部長たちも、予想外の盛り上がりと楽しさに、完全に脱帽状態。創業20周年社員旅行は、大成功のうちに終了しました。
旅行費用の報告を上げるとき、Sさんは「恐れ入りました。あんなに盛り上がるとは思いませんでした」と言うと、社長は笑いながらこう言ったそうです。
「カネで渡したところで感謝はその一瞬で終わってしまう。来年また決算賞与が出せる保証はないし、もし出せなければモラールダウンだって考えられる。社員にとっては見聞拡大の機会にだってなる。そもそも社員を喜ばせることができなくて、どうしてアミューズメント系のビジネスができるんだい?」
それともうひとつ。新店舗の「アミューズメント・レストラン」のコンセプトを、社員たちをモニターにして調査するのが社長のウラのねらいだったとか。「おかげで次の店のコンセプトがハッキリ見えたよ」と言っていたそうです。
決算剰余金を単に社員に配って終わりではなく、社員を慰労しながら勉強させ、さらに自社の次なるビジネスづくりにも役立てる一石三鳥。Sさんは「ビジネスを大きく発展させる人というのは、無駄な投資は決してしないものなのだな」と、心底感心したように語ってくれました。(大関暁夫)