ニューヨークの高級宝飾店ティファニーで、ブレスレットや指輪など164点(1億3000万円相当)が盗まれた事件。容疑者は強盗団でも窃盗団でもなく、同社勤続20年以上の女性管理職Aだったと知って驚いた人も多いことだろう。
ソーシャルメディアLinkedInには、Aの経歴がいまだに公開されている。彼女は1991年にティファニーの購買部門に入社。2004年には商品開発部門の責任者(ヴァイス・プレジデント)まで昇進したとある。その後、新聞報道によれば同社のリストラにより今年2月に解雇され、それが不正発覚のきっかけとなったようだ。
高級住宅地に住み、夫はヘッジファンドのマネージャー
Aの夫はスイスの大手銀行グループの元役員で、現在はヘッジファンドのマネージャーをしている。2人は高級住宅街に住んでおり、裕福な生活を送っていたと思われる。
しかし、どんなに収入があっても、それ以上に浪費すればカネに困るわけで、行き過ぎたぜいたくが不正の背景にあるのかもしれない。あるいはリーマンショック以降、夫の収入が減ってしまったか、リストラ前からAは自分の待遇に強い不満を抱いていたのか。
米FBIの捜査によると、Aは職務上、製造委託先にコストを試算させるために商品をサンプルとして一時的に持ち出す権限を持っていた。その立場を利用して、2011年はじめ頃から業者への貸出しを装って次から次へと商品を着服し、マンハッタンにある宝石商に持ち込んで換金を繰り返していた。
Aと夫の銀行口座には、宝石商が振り出した小切手の入金記録が75件も確認されたそうだ。夫が異常に気づいてもよさそうなものだが、グルだったとしたらさらに悪質だ。
20年以上の勤務経験で、購買や商品開発の業務を知り尽くしていたのだろう。Aは、商品の一時持出しに対する会社の内部統制も巧みにすり抜けていた。
宝飾店にとって商品在庫は生命線であり、理想的にはすべての在庫品を毎日チェックすべきである。しかし、そこまでやると人件費が急増する上に、就業意欲の低下を招いてしまうかもしれない。
そこでティファニーでは「一時持出しについては、値段が2万5000ドルを超える商品のみ毎日の出入りをチェックする」というルールを運用していた。Aはルールを熟知しており、横流しする商品を1万ドル以内に限定してチェックを免れていたのだ。
監査対象の「金額の下限」は現場に知らせるべからず
日々大量の取引が発生する大企業では、チェックや監査を効率的に行うために金額の下限を設けて対象取引を絞り込むことが多い。だが、それをチェックされる側に知られてしまうと、盲点をついた不正が行われるリスクが高まる。
たとえば経費のチェックでも「5万円以上は本部の事前承認が必要」というルールを作ると、現場では領収書を分割するなどして、すべてを5万円未満に収めようという不正な動機が生じやすくなる。
そのため内部監査においては、監査対象を絞込む「下限金額」は現場に知らせてはならず、状況に応じて金額を変更すべきである。チェックを抜打ちで行ったり、時には全件チェックを実施したりするなど、相手が予測できない形で監査を行う工夫も必要だ。
LinkedInに載っているAの経歴書には、部門責任者として「内部監査やセキュリティ部門と協力して、商品の動きを管理するための新しい標準作業手順書を作成する」という職務が記載されている。長らく勤勉に働いてきたAは、内部監査部門からも信頼を得ていたのであろう。何とも皮肉な話だ。
内部監査の一番の目的は「業務の有効性と効率性を高めること」であり、確かに現場との協力・連携は大切だ。一方で不正リスク管理の観点からは、現場との距離を常に一定に保ち、懐疑的な目を向ける必要もある。「信頼しても放任はしない」。このさじ加減が難しい。(甘粕潔)